ああ、カンチガイ
「月子は母親に捨てられた、か」
ぼそりとそうつぶやいたまま、傷ついたように長いまつ毛を伏せる柊レミの青ざめた頬を見て、僕の胸はすぐさま後悔の念でいっぱいになった。
やっちまった。
いくら全部話せと言われたからって、バカ正直に何もかもぶちまける必要なんてなかったんだ。
この人がどんなにあっけらかんと見えたとしても、自分の悪口を聞いて何も感じないわけがないじゃないか。
ああ、僕が考えなしでした、ごめんなさい。お願いだから、そんなに落ち込まないで――!
「で、で、でも、あの、月子のお父さんだって、本当にそう思ってるわけじゃないんだと思うんです、どうすることもできない自分がふがいないっていうか、情けなくて八つ当たりして誰かのせいにしたくなるっていうか……それに、月子は全然、そんな風に思ってはいないですし……」
僕は変な汗をじわじわとかきながら、必死になって彼女をフォローしようとした。
けれど僕が何を言っても、彼女は深くうつむいたまま見じろぎもしない。ほどなく、ブラウスからのぞく細く艶やかな肩が、小刻みに揺れはじめた。
ひゃああぁ、柊レミを、な、泣かせてしまった!
予想外の事態に、もうこっちが泣きそうだった。
が、そのとき――
「くっくっくっ……」
――は?
「月子がこうなったのは、母親のせい? へーえ、まだそんな寝ぼけたこと言ってんだ、あいつ」
呆気にとられている僕の目の前で彼女は、いかにも可笑しくて仕方ないと言った風に、口元を押さえたまま大きな黒い瞳を潤ませて笑っていた。
「そっかー、んな、くそー、変わってないなあ、まったく!」
そう言ってパイプ椅子にどさりと腰を下ろすと、大きく伸びをするように細い腕を真上に突き出してゴリゴリと首を回した。そして大きなため息をつくと、固まって突っ立ったままそのようすを凝視している僕に気付き、すうっと目を細めた。
「……何?」
うわっ、頼むから、月子とおんなじ顔で、色気出さないでくれっ。頭がくらくらしてくるじゃないか。
混乱したままの状態で、僕は思わず口走った。
「あの、その、ち、違うんですよね?」
「はい?」
「月子を、捨てたわけじゃ……」
あっ、バカ、これじゃストレートすぎる。
でも彼女はそんなこと一向に気にするようすもなく、さらりと答えてくれた。
「捨ててなんかないわよ。あたしは、自分の道を、自分自身で選んだだけ。あの子も、あの子なりに考えて、ちゃんと自分で決めたはずよ。あの人のところに残ることも含めて、ね」
何の悪びれたようすもなく言い切る姿に、気がつくと僕は強い口調で言い返していた。
「でもそれって――あなたが別の人のところに走ったから、仕方なくそうしたんじゃ、ないんですか?」
そのとき、僕の頭の中には、「夏に眠る花」の一節が蘇っていた。
――だってママにはあの人がいるでしょう
パパには私だけだもの
「あの歌、あなたが家を出た時のことですよね?」
けれど柊レミは、勢い込んだ僕の言葉にきょとんと目を丸くし、とんでもなく間抜けな声で答えた。
「はぁ?」
そして数秒後、今度はさっきよりもっと激しく、両手で腹を抱えて大笑いをした。
「ひーっひっひっひっ、な、なんだ、ヨースケ、そんな風に思ってたんだ! あーっはっはっ」
状況は全然把握できなかったけれど、何か自分がとんでもない勘違いをしていたであろうことだけはわかり、恥ずかしさで耳が熱くなっていくのがわかった。
憮然とした顔で目をそらす僕に、笑いすぎて滲んだ目尻の涙を白い指先で拭いながら柊レミが言った。
「あれはね、ただの歌詞だから。何もかもを真に受けてもらっちゃ、困るのよ」
「へ? ち、違うんですか? 僕はてっきり、マネージャーさんと、そういう……」
そこまで言ったときに、彼女はブッと噴き出した。
「あり得ない、あの人とそんな……ああ、受けるわあ。帰ってこの話したら、絶対大ウケだって」
そう言ってもうひとしきり笑った後に、彼女は言った。
「強いて言うなら、あたしにとっての『あの人』は、歌うことなの。月子には……わかってたはずよ」
そう言って柊レミは、ベッドに横たわったままの月子を慈しむように見つめながら、ゆったりと微笑んだ。




