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夏に眠る花  作者: 小日向冬子
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夢で逢えたら

 トントントン、とリズミカルな音を立てて、野菜たちが刻まれていく。

 タマネギ、人参、キャベツ、そして鶏の手羽元を、豪快にホーローの鍋に放り込む。

 全部がひたひたになるくらいの水を足し、あとはじっくり時間をかけて弱火でクツクツと煮込んでいくだけだ。

 

 料理は、シンプルだ。ちょっとしたコツさえ守れば、大抵はおいしくできあがる。

 逆に失敗するときというのは、必ず相応の理由があるものだ。たとえば火加減が強すぎたとか、油の温度が低かったとか。


 真夏の台所で、汗だくになって青白いガスの炎を見つめ、スープが立てる小さな音を聞きながら、僕は静かに考える。


 それでは月子は――もしくは、月子の両親は、何を失敗したというのだろうか。

 そして僕は、何をし忘れたのだろう。


 そう思ってからようやく僕は、ああ、またここだ、と気付き、ふっと息を吐く。

 

 本当は、わかっているのだ。

 何をどう考えてみても、確かな答えなど、見つからないことのほうが多い。

 それでも無理やり理由を探そうとするならば、それはたやすく犯人捜しや自責の念にすりかわってしまう。

 

 だから僕は、とりあえず考えることをやめた。

 そして、とにかく今は自分にできることをやるしかない、という至極当たり前の結論に達したのだった。


 僕にできることと言っても、結局は料理ぐらいしか思いつかない。

 けれど悲しいかな、今の月子は何ひとつ口にすることはできないのだ。悩んだ挙句に僕は、「匂い」を運ぶことにした。午前中に作ったものをランチジャーに入れていき、月子の枕元で蓋を開ける。

「ほら、月子、洋介特製スープだよ。あとこっちはぺぺロンチーノ。おいしそうな匂いだろ?」

 僕は目を閉じたままの月子に向かって話しかけながら、ゆっくりとスープをかき混ぜた。少しでも月子に刺激を与えたくて香りの強い料理を選んだのはいいが、病室中にニンニク臭ってどうよ。個室でよかった、っていうか、個室じゃなかったらこんなことできないけど。

 サイドテーブルの上の白い陶器の花瓶には、いっぱいのラベンダーの花束が飾られている。香りのある花がいいかと思って、と栗原がひどく照れくさそうな顔で抱えてきたのだ。

「そういえば確かラベンダーって、眠りを誘う効果とかあるんじゃね? 月子、ますます寝たりとか、するなよ」

 寂しく笑ってひとりごちながら、僕はゆっくりと昼食をとった。


 いつの間にか、少し眠っていたようだった。

 夢の中で僕は、月子と話をしていた。

「じゃあ聞くけどさ、月子の母ちゃんって、リコンしたの? 死んじゃったの?」

「ママはね――月に帰ったの」

 青白い月の光に浮かんだ、寂しそうな月子の顔。

「なんだよそれ、ずるいじゃん」

 夢の中で僕は、あのとき思うだけで口にできなかった言葉をちゃんと言っていた。すると月子は、急に氷のような表情になっていく。ぞっとするほどの美しさに、僕は思わず息をのむ。

「あんたになんて言う必要ない」

 次の瞬間、切り捨てるように吐かれた冷たい月子の言葉に、夢の中の僕は凍りついたみたいに動けなくなる。


 おまえ――本当はそんな風に思ってたのか?


 けれど僕の声は、喉の奥で絡まったまま出てこない。月子は眉をひそめて、うんざりした顔でそんな僕をにらむ。

「加瀬ごときが、勘違いしてんじゃねーよ。いじめられっ子だったくせに」

 低い声でそう言うと、背中を向けて遠ざかって行く。僕は絶望感にフリーズしたまま、その姿を見つめていた。

「ウソだ、ウソだろう?」

 阿呆のように何度もそう繰り返しながら――。


 はっと目を覚ますと、体中が汗びっしょりになっていた。

 荒い息を整えながら周りを見渡す。

 月子はさっきとまったく同じ姿勢で、規則正しい寝息を立てている。

 それでも夢と現の境目はしばらくぼんやりと絡まったままで、夢の中の月子に浴びせられた暴言の生々しさに、現実の僕の胸はどうしようもなく痛んでいる。

「月子」

 ヨースケ、と翳りのない声で、いつだってまっしぐらに僕を求めてくれていると思ったのは、僕の勘違いだったのか?

 母は、僕がいることで月子は救われたのだと言ってくれた。けれども、それならどうして二年以上も、一番肝心な、そして大切なことを、打ち明けてくれなかったのだろう。「ママは月に帰った」なんて、そんな子供だましではぐらかして。

 ねえ、月子。

 僕は本当は、おまえに信用されていなかったんじゃないのかい?


「しょうがないわよ。だって、あたしが口止めしてたんだもの」

 背後でいきなり声がした。僕はすんでのところでベッド横のパイプ椅子から転がり落ちるところだった。

「……な!」

 驚いて振り向いた僕の目に映ったのは、黒目がちの大きな瞳を潤ませた、背の高い美しい女性だった。細いあごのライン、ウエーブのかかったショートヘア、ノースリーブのひらひらしたブラウスからのぞく陶器のような肌。

「ひ、柊、レミ……?」

 素っ頓狂な僕の声に、目の前の彼女はゆったりと妖艶な笑みを返した。

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