パパの告白
月子の父親が語ってくれた物語は、ほとんどと言っていいほど、僕と栗原が予想していた通りの内容だった。
柊レミが恋多き女だったというのは本当のことで、当時は数えきれないほどの男たちが彼女を自分だけのものにしようと言い寄ってきたという。彼女はかぐや姫のように男たちに無理難題を言い渡し、彼らがどこまで本気なのかを試した。老舗レストランの経営者や有名俳優、旧家の御曹司。富も名声も風貌も申し分ない男たちが、彼女の願いを叶えるため必死だった。けれども結局彼女のハートを射止めたのは、彼女が無名の頃からジャズバーに通い詰めていた、さえない風体の商社マンだったのだ。
「夢じゃないかと、思ったよ」
月子の父親は、そのときの喜びをもう一度噛み締めるかのように、遠い目をして微笑んだ。
すでに絶頂期を過ぎていた彼女は結婚と同時に家庭に入り、表舞台から姿を消した。そして世間がすっかり彼女の名を忘れかけた頃に、一人の女の子を産んだ。
「あいつは本当にすばらしい妻で、そして愛情深い母親だった。あの男に会うまでは――」
彼は、そう言って苦々しげに眉をひそめた。
それはちょうど娘が中学生になったときのことだった。昔のマネージャーが、突然彼女に連絡してきたのだ。
「君はもう若くない。でも、年齢を重ねた今だからこそ表現できるものがあるはずだ。もう一度、ステージに立ってみないか」
そう言って。
彼女はすぐさま夫に相談した。
「歌ってみたいの。もちろん、家のことも子どものことも、おろそかにするつもりはないわ」
けれど華やかな世界に妻が舞い戻って行くことを恐れた夫は、頑なに反対し続けた。
毎晩のように繰り返された言い争い。
そして、ひどく暑い夏の夜、とうとう彼女は家を出て行った。
「今でもよく覚えてる。とても月のきれいな晩でね」
彼はかすかに顔を歪め、そして吐き捨てるように言った。
「月子が食事を受け付けなくなったのは、そのすぐあとのことだった。無理もない、あの子は母親に――捨てられたんだから」
どんどんやつれて衰弱していく娘をどうすることもできず、彼は知り合いのつてを頼って摂食障害が専門の病院に入院させたのだった。その甲斐あってか、月子は少しずつ物を食べれるようになり、数か月をかけてなんとか普通の生活ができるまでに回復した。
「その後私たちは、妻のことを忘れて新しい暮らしを始めるために、ここに引っ越してきたんだ。実際、最初はうまくいってた。でも、やっぱり夏になると、月子はあのときみたいに何も食べようとしなくなってしまう。思い出してしまうんだろうね、母親が自分を捨てて行ったときのことを」
そう言って彼は、小さな目に滲む涙をそっとぬぐった。




