カイケツの糸口
次の土曜日、僕と栗原は、月子が眠っている病室で月子の父親がやってくるのを待っていた。
月子はこの数週間で、ほんの少しやせたようにも見えた。でも血色は相変わらずとてもよくて、どうしても普通に寝ているとしか思えない。
「あーもう、早く起きなよバカちん」
栗原が下唇を突き出しながら月子に軽くでこピンをする。もちろん月子はピクリともしない。
「ホントだぞ、いい加減にしろよ、お前」
僕もそう言って月子のほっぺたをビヨーンと引っ張ってみる。そんなことをしているうちに不意に悲しくなってきて、いつしか二人とも黙ってしまう。
面会時間開始の1時を15分ほど過ぎて病室に入ってきた月子の父親は、僕と栗原を見ると笑顔とも困惑ともとれるような表情を浮かべ、「いつも済まないね」と小さくつぶやくと、目をそらすようにして月子の枕元の椅子に背中を丸めて座った。乱れて額にかかった前髪と小さな目の下のくっきりとしたクマが、ひどく老けこんだ印象を与える。
「ああ、君たちね、今日は私がずっとついているから、大丈夫だよ。本当はいろいろ、忙しいんだろう?」
黙ってその場に突っ立ったままの僕たちに気を使ったのか、月子の父親はひきつった笑顔らしきものを浮かべながら言った。そのぎくしゃくとした振る舞いに、僕はふと月子が初めてうちに来た日のことを思い出して、にへらっと笑いそうになった。
と、栗原が慌てて目で合図してきた。僕はハッと我に返り、黙ってうなずくと、ひそかに息を整えた。
「あ、あの、おじさん」
思い切って話しかけると、月子の父親は黙ってゆっくりと振り返った。
「いや、あの、その……」
口ごもる僕を、栗原が心配そうに見つめている。
「何か、私に用でもあるのかい?」
彼はいくぶん緊張した面持ちで、こちらのようすをうかがうように僕を見た。
「あの、実は僕たち、えーと、その……月子の、お、お母さんが出て行ったときのことが、聞きたいんです」
彼は一瞬、とても不快そうに顔をしかめた。
「どうしてそんなことを」
かすかに怒気を含んだ声だった。でも、だからと言ってここでひるむわけにはいかなかった。
「も、もちろん、ひどく立ち入った事だということはわかってます。本当に失礼なことを聞いているってことも。でも――僕たちはどうしても、そのへんにヒントがあるような気がしてならないんです」
「ヒント?」
「その、月子が、目を覚ますためのヒントです」
『夏に眠る花』の歌詞を知ったとき、僕たちは確信した。月子は自分の意志で、眠り続けるためのスイッチを入れたに違いない、と。けれど、なぜそもそも彼女が時を止めなくてはならなかったのか、そして、どうしたら再び目覚めさせることができるのかは、依然としてわからないままだった。
僕たちはここ数日考え続けていたことを、できるだけ丁寧に説明しようと試みた。しばらくの間黙って耳を傾けていた月子の父親は、驚きを隠せないようすで言った。
「なんだ、じゃあ君たちは知っていたというのか、月子の母親が誰なのかも」
「はい。あ、でも、月子から聞いたわけじゃありません。気づいたのは、本当に、偶然なんです」
「そうか――」
彼はそう言ってしばらくの間、さらに小さくなってしまったように見える目で、僕と栗原と眠り続ける娘の顔を交互に見やった。やがて、ところどころ白いものが混じり始めた頭を撫でさするような仕草をしながら、大きく息を吐いた。
「私にはね、いろんなことが、もうすっかりわからなくなってしまってるんだ。でも、もしかしたら君たちには、何かが見えるのかもしれない」
月子の父親はそう言って肩を落とし、眠り続ける娘をぼんやりと見つめた。




