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夏に眠る花  作者: 小日向冬子
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夏に眠る花

 次の日も、3日たっても、そして1週間が過ぎても、月子は目を覚まさなかった。

 医学的には何も異常が見つからず、医者も頭を抱えているという。

 月子の父親はまるで魂を抜かれた人のように、眠り続ける月子の枕元に座ったままほとんど動こうとしなかった。

「町田さん、少しは何か召し上がらないと」

 その憔悴ぶりを見るに見かねた母から、すぐに夕飯デリバリーの指令が飛んできた。僕は二つ返事でそれを請け負い、月子に食べさせるつもりで、狂おしいほどの祈りを込めて食事を作った。

 ベッドの上で静かに目を閉じ横たわる月子の枕元で、僕はタッパーの入った紙袋を「これ、よかったら食べてください」と言って手渡した。月子の父親はちょっと驚いた顔をして、「いいのかい?」と言いながらおずおずとそれを受け取った。

「こんなことまで……本当に、済まないね」

 彼は紺色の紙袋から半透明のタッパーを大事そうに取り出して、サイドテーブルにのせた。そして蓋をそっと開けるなり、あっと小さく声をあげた。

「何か?」

 虫でも入っていたのかと心配になり、僕はタッパーをのぞきこんだ。

「いや、すまない、何でもないんだ」

 彼はそのまましばらくの間、ぎっしりと詰められたおかずを眺めていた。今日のメニューは、牛肉の野菜巻きとかぼちゃとレーズンの茶巾絞り、そしてプチトマトのマリネだった。

「その、いつも月子は、君の所でこういう食事をいただいてたのかい?」

「は? そうですけど」

 見ると彼はほんの少し天を仰ぐようにして、静かに涙ぐんでいた。そして戸惑う僕に向かって、切なく笑いかけた。

「なんとなくね、似てるんだよ、別れた妻の料理に。材料の組み合わせとか、切り方とか、彩りとか」

 そう言って、パクッと牛肉の野菜巻きを口に入れた。

「なんだ、味も似てる」

 見ると、彼の両方の目から大粒の涙がこぼれていた。


「なんだかさ、何も言えなくなっちゃった」

 水色の自転車をひいた栗原と病院に向かう道のりをとぼとぼ歩きながら、僕は深いため息をついた。詳しい病状はまだクラスの奴らには伏せていたが、栗原だけは別だ。すぐに事情を話し、以来毎日のように一緒にようすを見に行っていた。

「なんだか、切ない話だねえ」

 栗原がしんみりとつぶやく。

 月子が眠り続けているうちに、僕らはいくつかの事実を知ることとなった。

 月子の母親は死別でなく、リコンしたのだということ。

 月子の父親は、ずっと月子を放置しているようでいて、実はとても大切に思っているということ。

 そして――。

「ね、ちょっと気になることがあるんだ」

 そう言って栗原はスマホを取り出して、ある画像を見せた。

「この顔、月子に似てない?」

 それはどうやらCDのジャケット写真のようで、黒いドレスの端正な顔立ちの女性が真っ直ぐこちらを見据えている。黒目がちの大きな瞳に陶器のような肌。髪型こそウエーブのかかったショートだが、そう言われてみれば月子によく似ている。

「月子さ、ときどきなんかの歌口ずさんでることあるじゃない?」

 そう言って栗原が口にしたメロディーは、月子が熱を出した晩にベランダで聞いた曲だと気がついた。

「それって、何の曲なの?」

「うん、古いジャズでね。昔、ロマンチックな恋愛映画の主題歌に使われたらしいよ。そのカバーを日本で流行らせたのが、柊レミっていうこのジャズ歌手。当時は恋多き女ってことでも有名だったみたい」

「へえ、栗原って、そういうの詳しいんだ」

「いや、父親が好きでね。この間なんとなくこの曲口ずさんでたら、教えてくれた。でね、問題はそのあとよ。この柊レミって、結婚してから20年近く一切表舞台に出てこなかったのが、3年前に突然離婚して活動再開したんだって」

「3年前に離婚……」

 僕たちは思わず顔を見合わせた。

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