心のちっちゃいオトコです
月子の青白くやつれていた頬は、日に日にふっくらと色を取り戻していった。毎日のようにそれを見ているのは、仮のホゴシャとしてはひどく複雑な気分だった。
月子の父親が帰ってきた翌朝、僕は彼女を迎えに行かなかった。親が一緒にいるのなら、いつものようにずかずかと月子の生活に踏み込むべきではない。高校生といえども、その程度の良識はわきまえているつもりだ。
本当は、心の奥でひっそりと期待してた。あの時みたいに「どうして迎えに来てくれないの」って、月子が泣いてくれるんじゃないかって。けれどその朝、いつもより少し遅れてひとりで教室に入ってきた彼女は、僕を見るなりパッと顔を輝かせて叫んだんだ。
「ヨースケ、ねえ、聞いて聞いて。昨日はね、パパと新宿行ってきたんだよ。洋服いっぱい買ってもらっちゃった。でね、スカイレストランでフレンチ食べてきた!」
頬を紅潮させ、ぴょんぴょん飛び跳ねながら弾むような声で新しいブラウスを見せびらかす月子に、僕は冷ややかに答えた。
「ふーん、よかったじゃん」
栗原が、僕の脇腹を肘でつっつく。
「加瀬、大人げない」
「うるさいな、ほっとけよ」
僕は月子に背を向けて、窓の外を眺めながらひとり毒づいた。
「ちっ、ファザコンめ」
人の幸せを素直に喜んでやれない僕は、どうせ心のちっちゃい男さ。
そのまま僕らは期末試験に突入した。週末をはさんで二日ずつという時間割だったから、前半を終えたところで恒例の日曜朝市にでかけた。
相変わらずここは活気にあふれている。ざるに山盛りにされたとげとげのキュウリや艶やかなナスに体を張ってアタックし、これでもかとぐいぐいと手をのばすおばはんたち。まずは限定100個の1パック88円の卵をゲットしなくちゃ。これで茶碗蒸しを作ってよーく冷やしたら、口当たりよく食べられるかな。こっちのジャガイモを使って、ビシソワーズにするっていう手もあるぞ……そう考えてから、ハッと気がついた。別に、必要ないんだった。今の月子はフレンチが食べれるくらい元気だし、そもそも僕が心配しなくても、ちゃんと父親がついてるんだから。
「ほら、あんちゃん買うの買わないの? そこにボーッと突っ立ってると、ほかのお客さんの邪魔だよ」
「あ、す、すいません」
威勢のいい八百屋のおっさんに怒鳴られて慌てて後ろに下がり、熱気の渦に飲み込まれそうになりながらふと思った。首が伸びた半袖のTシャツからむちむちの腕がはみだしそうになってるショートカットのおばはんも、小奇麗なシャツブラウスをきちんとはおった上品そうな老婦人も、この爪で米研ぐんかいと思うような派手なネイルの茶髪のねーちゃんも、みんなみんな、大事な誰かのためにご飯を作ってるんだろうか。
「いいじゃないか、別に。僕だって前みたいに、母さんと自分のためだけに安くておいしい食事を作ればいいだけの話だ」
僕は、自分自身に言い聞かせるみたいに、ぼそりとそうつぶやいた。




