プリン、プリン、プリン
今年こそは準備万端、万全を期したと自信を持って臨んだ夏の訪れだったが、梅雨が明けて本格的に陽射しがきつくなるにつれ、やっぱり月子は少しずつ壊れていった。青白い頬で薄い夏掛けにくるまったまま、夕飯を食べにこない日が増えていく。考えうる限り細心の注意を払ってきたのに、今年も僕は、月子が小さく弱々しくなっていくのをどうすることもできない。
どうしてだろう。
どうして月子は、生きることをやめようとするみたいに、何もかも受け付けなくなってしまうんだろう。
「加瀬がついててくれるから、このくらいで済んでるんだって。これ以上は、うちらにはどうしようもないっしょ」
月子が倒れたその日、がっくりとへこんだ僕に、栗原が慰めの言葉をかけてくれた。
「うん。そうだよね」
僕はそう言って、ひっそりと力なく笑うしかなかった。
家に帰って、薬味たっぷりのそうめんとバンバンジー、そしてデザートのカスタードプリンを作った。牛乳と卵と砂糖とバニラエッセンスを混ぜて、二度裏ごしをする。少しでも舌触りがなめらかなほうがのどを通りやすいだろうというせめてもの気遣いだ。
暑い台所で蒸し器を火にかけると、額から汗が滴り落ちてくる。光熱費節約のため、冷房は高めの温度設定だ。地球にもお財布にも優しい生活は、いくらか我慢が必要なのだ。
「完璧!」
キッチンに広がる甘い香りを深く吸い込みながら、月子の小さくて愛らしい唇に、そっとスプーンを運ぶ場面を想像する。そうやって僕が作ったプリンが、月子の体中に巡って力になっていくのだ。
「ふふふ」
思わず笑みが漏れる。
「何よ、気持ち悪い」
突然聞こえてきた声に、飛び上がりそうになった。振り向くとそこには、白いブラウス姿で通勤用のかばんを肩にかけたまま、てかてかになった顔にタオルのハンカチをおしあてている母の姿があった。そしてその向こうでは、月子が夢見るような表情で鼻をひくひくさせている。
「な、え、いつ帰ってきたの」
不意を突かれて声が素っ頓狂に裏返る。
「いつって、ついさっきよ。月ちゃんとはエレベーターで一緒になったの。でも、ちゃんとただいまって声かけたわよお。やだ、聞こえてなかったの?」
「あ、いや、ちょっと、考え事してたから……」
まさか月子がプリンを食べる姿を妄想してたなんて、言えるわけない。
「あれ、でも月子、大丈夫なのか」
保健室から戻っては来たものの午前中いっぱい半分目をつむったまま苦しそうに顔をしかめていた月子に、担任は早退命令を出したのだった。みんながワイワイと楽しそうにお弁当を広げる中でずりずりと体をひきずるように教室を出ていく後ろ姿は今にも倒れんばかりで、僕は一瞬本気で一緒に早退してついていこうかと思ったくらいだ。けれども今目の前にいる月子は、その時とは別人のように顔色もよく、生き生きとしてさえ見えた。
「うん、もう、全然大丈夫」
強い輝きを瞳にたたえながら、月子は前のめりで答える。
なんだ? こいつ、なんで急にこんな元気になったんだ?
「それよりね、ね、すごいの」
興奮しているのか、月子は頬を上気させ、細い手をオーバーに振り回している。
「……すごいって?」
いぶかしく思いながら僕は尋ねた。
「あのね、あのね、夕方、電話があったの。パパがね、明日から一週間、お休みなんだって!」




