夏の夜のひとこま
春先までベランダの隅で小さな薄紅色の花を咲かせていたわが家のシクラメンは、今年も梅雨が終わるころにはすっかり葉を枯らし、約束通り静かに夏の眠りについてしまった。こうなるともうお手上げだ。僕にできることと言えば、夏が終わって再び自分の力で芽吹くまで、できるだけ風通しのいい日陰において、そっと見守ることだけだ。
シクラメンが枯れていくのと時を同じくして、月子の体調も狂い始めた。去年と一緒で、食事の量が極端に少なくなり、外にあまり出ようとしなくなっている。
「そろそろだめなのねえ、月ちゃん」
ラップのかかったチキンソテーの皿を見つめ、母がちびちびとビールを飲む。
僕は肉屋で安く手に入れた鶏ガラを使い、時間をかけてコトコトとスープを煮込む。タマネギ、人参、ジャガイモ、セロリ、思いつく限りの材料を入れて。
くつくつと煮える鍋を見ながら、料理は、祈りなんだな、と思う。
どうか
君の体の隅々にまで、この栄養が染みわたっていきますように。
どうか
すべてが血となり、肉となり、君の人生を、力強く形作ってくれますように。
どうか
弱ったいのちが消えることなく、眠りの夏を越え、再び芽吹いてくれますように。
何もできないもどかしさをただただぶつけるように、僕はスープを作り続けた。
「母さん」
「ん?」
「僕ね」
「うん」
「父さんにも、このスープを、飲ませてあげたかったな」
「……そうね」
静かに夏の夜は更けていく。




