嵐を呼ぶ少女、再び
本当のことを言うと、僕はそのとき、月子の細い体を思いっ切り抱きしめたくて、たまらなかった。これが恋なのか、それとも母性本能みたいな、ただ弱いものを守ってやりたいというだけの気持ちなのかは、よくわからなかったけど。
でも、制服に着替えて出てきた月子に、安心しきった子どもみたいにニコッと笑いかけられた瞬間、その衝動は、つん、とつつかれたかたつむりみたいに急速に引っ込んでいってしまった。僕はやっぱり、筋金入りのビビリなんです。
そのまま僕らはマンションを出て学校に向かった。桜並木をくぐって校門を抜け、上履きに履き替えて教室に近付くにつれて、僕らの周りにはどよめきが起こり始めた。
「えっ?」
「そうなの?」
「ホントかよ」
廊下にたむろしていた上級生やほかのクラスの奴らが口々に驚きの言葉を口にする中、月子だけが上機嫌で僕に向かってしゃべり続けている。僕はもう、生きた心地がしない。
ざわめきは波のように廊下を伝い、僕が教室のドアを開けた瞬間にMAXとなった。
「おおっ!」
その数秒間、教室にいた奴らが全員、僕と月子に注目した。
「おまえら……」
入学式当日から月子にしつこく話しかけては適当にあしらわれ続けていた沢木というクラスメートが、涙目になって絶句していた。
「いや、違うんだ、これは……」
あわてて弁明しようとしたが、いったい何をどう説明したらいいものか。
「どうしたの、ヨースケ。なんでみんな、変な顔してんの?」
当の月子だけが、いつもながらまったく状況を把握していない。
と、そのとき始業のチャイムが鳴り、出席簿を抱えた担任が入ってきた。
ああ、助かった。
ざわざわとした空気の中、ホームルームが始まった。
助かった、と思った僕は、ひどい思い違いをしていた。
そのことに気がついたのは、四時間目が終わったあとのことだった。
「ヨースケ、おべんと一緒に食べよう!」
一番前の席から天真爛漫に叫んだ月子は、僕の返事を待つこともなく、お弁当の包みを持ってこっちにやってきた。周囲の奴らが事の成り行きを固唾をのんで見守っている。
と、そこに、栗原がコンビニの袋を提げて近付いてきた。僕ら三人は、高校でもまた同じクラスになったのだ。
「ね、わたしも一緒に食べていいかな」
栗原が言うと、月子はあっさりと了承した。
「あーっ、桃ちゃん、いいよいいよ、一緒に食べよ」
二人は中学で特段仲がよかったわけではなかったが、月子は誰に対しても独特の距離感を持っているだけで、決して栗原のことを嫌っているわけではないということは、なんとなく感じていた。そして正直、栗原がここに入ってきてくれて、僕は心底ホッとしたのだった。自分一人では、この状況はとても手に負えないということは充分わかっていたから。




