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夏に眠る花  作者: 小日向冬子
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料理男子ですが、それが何か?

 僕が月子に初めて出会ったのは二年前、中学三年になったばかりの、四月のはじめの日曜日のことだった。

 僕はいつものように、近所の激安スーパーの朝市に一週間分の食材を買いにでかけていた。そしていつものようにおばはんたちとの仁義なき争奪戦をかいくぐり、戦利品をパンパンに詰め込んだスーパー袋を両手にぶらさげてご満悦で帰ってきた。

 マンションの入り口には、ゾウのマークの引っ越し業者のトラックが横付けされていた。が、この時期には珍しくもない光景だ。僕は「ふーん」と思っただけでするりとその横を通り過ぎ、エレベーターで11階のわが家に向かった。

 買ってきた食材をひとつひとつ取り出して、テーブルに並べていく。100g58円の豚ひき肉に、1パック50円の卵、一丁25円の豆腐、等々。これでどれだけの料理が作れるだろう。考えるだけでわくわくしてくる。

「あっらー、今日もたくさん買ってきたのねぇ、これ、全部でいくらだったの?」

 肉や野菜を前ににやけている僕を見て、軽くステップを踏むような足取りで母が寄ってきた。

「ざっと、二千円ってとこかな」

 母は目を見開いて、唇をとがらす。どうやら口笛を吹こうとしたらしいが、客観的に見るとシューッと空気が漏れる間抜けな音がしただけだ。もちろんこの人は、そんなことは気に留めもしない。

「さっすが、洋介。あなた、いいお婿さんになれるわよぉ」

「そりゃどうも」

「あたしも、なかなか見る目があるわね。あなたに家事をまかせて正解、だったわ。ふふふ」

 そう言うと、スキップしながらベランダに出て行った。まかせるもなにも、朝ご飯がケーキとか、焼きそばのつけあわせがポテトとコロッケとか、ありえないから。子どもは子どもなりに、あの食生活には身の危険を感じていたのだ。

 あまりもので簡単に昼食を済ませると、さっそく下ごしらえにかかった。フリルのように柔らかな春キャベツで、まずは鍋いっぱいのロールキャベツ。残りのキャベツは新玉ねぎと人参とともにスライサーで千切りにして、ドレッシングであえて密封容器に入れる。ごぼうはきんぴらにし、小分けにした豚小間と下味をつけたとり胸肉は真空パックで冷凍室に入れた。大根は圧力なべで下ゆでし、鶏の手羽先は明日使うのでそのまま冷蔵庫に入れる。おっと、ホウレンソウとブロッコリーをゆでておくのも忘れちゃいけない。

 そうして数時間のうちに、空っぽだった冷蔵庫は今か今かと出番を待つばかりの食材でいっぱいになった。ブロッコリーのタッパーを最後にしまうと、僕は「ふうっ」と恍惚のため息をもらす。

「夕飯は、ロールキャベツッかなぁ?」

 花柄のチュニックを揺らしながら、音痴の人の歌声みたいに母が聞く。

「そういうこと」

 と言いながら、はっとした。なんてことだ、そういえば昨日でコメを使いきってたんだった。運悪くスパゲッティもパンも切れてる。買いに行くしかない。

「コメ、買ってくるわ」

 僕は食費の財布をひっつかむと、急いで近所の米屋に向かった。

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