上弦の月
翌日、母は珍しく夜8時前に帰ってきた。
「で、月子のお父さんと、連絡ついたの?」
母が玄関に足を踏み入れるなり、僕は前のめりになって尋ねた。昨夜母が、名刺に書かれた連絡先を見ながら「とにかく、明日にでも電話してみるわ」と言っていたからだ。
「うん。なんとかね。あとでゆっくり話すわ。あー、疲れた」
そう言って母はバスルームに消えた。その間に僕はてきぱきとサラダ寿司を盛り付け、厚揚げの煮物とコールスローサラダとお吸い物をテーブルに並べる。
やがて濡れた髪を拭きながら戻ってきた母は、「おっ、今日は和風メニューね」と嬉しそうに目を細めつつ、冷えた缶ビールをプシュッと開けた。
「なんだかねえ、今日からまた出張だとか言ってて、あんまりゆっくりは話せなかったのよ。とにかく、こっちが勝手にやってることだから食費なんていらないって言ったらね、逆に負担になるから、せめて実費分は受け取ってほしいって。まあ、それもそうだなと思って、とりあえず月2万円だけもらうことにしたわ」
月子が食べる量を考えると、それでもかなり多いと思う。
「それでね、ここからが問題。多い分を返そうとしたら――預かっといてくれって言うのよ。」
「へ?」
「つまりね、もし何かあったら、そのお金で月ちゃんを助けてやってほしいって」
「は? 何かって、何さ」
「さあ。この間みたいに熱出したりってことかしらね。とにかく月ちゃんのお父さん、かなり残業とか出張が多いらしくて、今回も海外で一か月は帰ってこれないんですって」
「そんな、ひどい」
初めて会ったときの、ちっちゃな子どもみたいに泣き叫ぶ月子の後ろ姿を思い出して、胸がズキンと痛んだ。母もひどく浮かない顔で、もう一度缶ビールをごくりと飲んだ。
「ねえ、どうにかならないの」
「うーん。奥さんが亡くなったんだか別れたんだかわからないけど、現時点で頼れる状態じゃないっていうのは確かだわね。なにしろ、会ったこともない私たちに、こんなお願いしてくるくらいだもの」
「……そりゃそうだけどさ」
月子は今日も、夕飯を食べに来なかった。
僕と母は、窓の外の月を見ながら、そろって深いため息をついた。




