カゴの中の小鳥
スプーンでほんの少し冷たいトマトスープをすくい、そーっと口に近付けていく。まるで小鳥に餌をやってるみたいだな、と思う。けれど、もう一息というところで月子は唇を固く結んだまま苦しそうに顔をしかめ、ふっと横を向いてしまう。
「あっ」
スプーンがはじかれて、月子のステテコみたいな部屋着にトマト色の染みが広がる。
「あーあ、何やってんだよ」
じわっと月子が涙ぐむ。だから、これくらいで泣くなってばよ。
「もういい。あとで食べるから」
月子は顔を歪ませ、口を尖らせる。
「ホントに?」
「ちゃんと食べるってば」
そう言うとくるっと僕に背中を向け、横になって頭から布団をかぶってしまった。
「なんだよ、こっちがせっかく心配してやってんのに。そんなんだったら、もう、帰るわ」
僕は思わず言葉を荒げると、ムスッとしたままスープを片付け、月子の家を後にした。
「うーん、大丈夫かなぁ、月ちゃん」
今日の事の顛末を愚痴交じりに聞かせると、母は眉根を寄せてしばらく考え込むようなそぶりを見せた。
「大丈夫だよ。夏風邪くらい、どうってことないって」
夏は始まったばかりだというのに、ここ数日いきなりひどい暑さが続いていた。つい先週までは、寝るときに毛布が欲しい日があるくらいだったというのに。あまりの寒暖差について行けずに風邪をひく奴らが、うちのクラスだけで何人もいた。ま、そう言いながら家で受験勉強してる奴もいたりするんだろうけど。
「ホントに夏風邪、かなあ」
「え? だって、熱だって出てたじゃん」
「どうかしらねぇ。なんか、気になるわねぇ」
そう言って母はたっぷりと唐辛子の入った麻婆茄子をつつきながら、ぐだぐだと晩酌をしている。
「月ちゃんのお父さんって、やっぱり帰ってきてないの?」
「よくわかんないけど……見た限り、そういう雰囲気はなかったね」
「そう……」
母は缶ビールを持ったまま体を揺らし、天井を見上げる。
「なんだよ、その思わせぶりな感じは。思い当たることがあるなら、言えばいいじゃん」
「うーん。わかんないからね。わかんないけど……月ちゃん、体の調子が悪いだけじゃないのかもね」
「は?」
「ま、わかんないけどね」
そう言ってあいまいな笑顔を見せると、一気に残りのビールを飲みほした。




