よこしまなキモチはございません
ベランダから再びはしごを登り、スポーツドリンクや冷えピタや解熱剤なんかを持って、月子の家に戻る。熱を測ってみると、38度5分あった。とりあえず水分をとらせて、薬を飲ませる。
僕もひとりのときに、よく熱を出したっけ。母さんには何も言わずに自分でおでこを冷やし、薬を飲んで、汗をかいたパジャマを着替えた。帰ってきておでこの冷えピタを見た母さんは、いつもせつない顔をした。
月子のお父さんは、今日も戻らないんだろうか。
「月ちゃん、どう?」
9時を過ぎたころに、母さんが様子を見に来てくれた。テーブルに置き手紙をしておいたのだ。
「ちょうどよかった、だいぶ汗かいてるみたいだからさ、着替えさせてやってくれる?」
「あらあ、洋介、手出しはしなかったのね。えらいえらい」
からかうような口調で母さんがくすっと笑う。
「は? バカじゃね?」
そう言いながら、自分の耳がカーッと熱くなるのがわかった。
月子の着替えで部屋を追い出されたので、リビングをじっくりと見渡してみた。白く四角いソファにローテーブル、キッチンカウンターには足の長いスツール、間接照明、そして壁面収納の中に納められた大型テレビ。まるでモデルルームみたいだ。うちと同じ間取りのはずなのに、とても広く、そして殺風景に感じられるのはなぜだろう。
そうか、物がないんだ。
うちみたいに新聞紙やボールペンや食べかけのお菓子がテーブルに出しっぱなしだったり、中途半端なところでスリッパが脱ぎ捨てられていたり、ソファにバスタオルがだらんと置いてあったり、そういうことが月子の家には一切なかった。
本当に、ここで人が暮らしているんだろうか。
月子がうちに入り浸るわけが、少し、わかったような気がした。
着替えさせたあとは、朝まで僕がついていることにした。母はまた早くから仕事だし、こっちは最悪授業中に寝てればすむからね。いや、もちろん下心なんて、ありませんって。
月子がぼんやりと目を開けるたび、少しずつ水分をとらせる。何度もそれを繰り返すうち、いつの間にか僕も眠ってしまったようだった。
カラン、という音で目が覚めた。
「あ、ごめん」
見ると、スポーツドリンクのペットボトルが床に転がっていた。
「ああ、これ、取ろうとしたんだ」
「うん」
寝ぼけ眼で拾って手渡すと、月子は「ありがと」と言ってふたを開け、口をつけた。
「なんか、だいぶよくなった感じ?」
「うん、楽になった」
数時間前までは苦しそうに火照っていた月子の頬が、静かに落ち着いて見えた。
「よかったー」
「……なんか、ありがと」
「いや、ほら、あれだ、あの、だってさ、お父さん、いつもあんまり帰ってこないんだろ?」
月子の顔が急にくしゃっと歪む。
うわ、頼むから、泣くなよ。僕はあわてて、次の言葉を探した。
「でもさ、うちなんて、父親いないし、母さんだっていつも遅いし、まあ、おんなじようなもんだよ」
何がおんなじなのかよくわからかったが、ほかに何を言っていいか思いつかなかった。
月子はひとしきりべそべそ泣いてから、何度も鼻をすすって、ようやく顔を上げた。
「ヨースケのお父さん……ぐすっ、リコンしたの? ズズズ、それとも、死んじゃったの?」




