だから夏は、ダメなんだってば
月子が倒れた。
七月のはじめの、ひどく蒸し暑い日だった。
朝礼の最初から青い顔でずっとうつむいていた月子は、退屈な校長の話がだらだらと長引くにつれ大きく体を揺らしはじめ、とうとう隣にいた僕に向かってぺらりと崩れ落ちてきたのだ。
間抜けなことに僕はそのとき、月子の黒く湿った長い髪がさぁっときれいに背中に広がるさまに見とれて、ぽかんと口を開けていた。真夏でも長袖のタートルネックを身につけた白い肌は、うっすらと青みがかって見えた。月子が実はこんなに美しい少女だったということを、僕は時々すっかり忘れてしまう。
「加瀬、ぼっとしてないで、保健室!」
保健委員の栗原が叫び、僕はようやく我に返って月子に駆け寄った。
一時間目が終わっても、月子は教室に帰ってこなかった。
「見に行くよ」
栗原が僕に手招きをする。ぽわぽわと縮れたような髪も濃い眉も軽く二重になったあごも、何もかもが月子とはこのうえなく対照的な栗原は、なのに、いや、だから、というべきだろうか、何かと月子を気にかけてくれる。僕はなんだか微笑ましくて、ニヤニヤしながら栗原についていく。
「なによ、気持ち悪い」
栗原が太い眉毛をつりあげて目をむく。
「いや、別に」
僕の答えに栗原はフン、と鼻を鳴らして足を速める。
保健室のドアをノックして入ると、月子はちょうどベッドの上に起き上がり、頭を掻きながら上履きを履いているところだった。
「町田さん、去年も確か今頃倒れたんだよね? こう暑くちゃ食欲わかないのはわかるけど、ホントに少しは食べなさいね」
小さな体にきっちりと白衣を着こんだ保健の篠崎先生が、心配そうに月子の顔をのぞきこむ。少ししゃくれたあごのせいで「美人」というのはためらわれたが、柔らかく垂れ下がった眉毛と邪気のない瞳、そしていつもほんのり笑っているように見える口元は、生徒たちを安心させるには何よりも効果的に思われた。
「めんどくさ」
月子は眉をひそめて、本当に面倒くさそうにつぶやく。
「そんなこと言わないの。ほら、保護者が迎えにきてくれたわよ」
篠崎先生はいたずらっぽく微笑んで、僕に目で合図する。
「ヨースケのメシ、飽きたし」
つっけんどんな月子のことばに、僕はちょっと悲しくなる。それに気づいた栗原が、あぐらをかいた鼻の穴をさらに広げて月子の頭を両腕で抱え込む。
「この、ばちあたりめがぁ」
たくましいこぶしで頭をぐりぐりされながら、月子は叱られた子どものように上目遣いで僕をちろりと見た。恐ろしく不揃いな前髪が、大きな黒目をふちどっている。きっとまた夜中に突然思い立って、裁縫用の裁ちばさみでバシバシと切ったに違いない。
相変わらずだ、月子。
僕は、にへらっと意味不明な笑いをもらす。
「だからー、夏は、ダメなんだってば」
そう言って頭を抱える月子の半袖のブラウスからは、せつないほどに細くなった二の腕がのぞいている。