4.そろそろ怒りが限界らしい。
お待たせしました!
インターホンを押した。
…出てこない。
今、ウチは休みの日やというのに、活動している。
こんなはずではなかったのに、あの顧問め!
「……カオル君、いませんかー?」
ダメもとで呼んでみた。
…来ない。
「すいませーん」
もう一度インターホンを押した。
実を言うと、ウチはカオルの顔を知らん。
というのは、ウチがマネージャーになったのは中1の冬だからだ。
ずっと女子バスケ部の設立目指して走り回っていたのだが、設立の夢が叶わず、仕方なくここのマネージャーになったのだ。
というわけで、カオルの顔も、カオルのキャプテンぶりも、どういう奴なんかも知らない、というマネージャーが出来上がったのである。
「すいませーん」
もう一度ベルを鳴らす。
返事はない。
「あーもう! カオル君いませんか!」
「だーっ、もううっせーな!!! んの用だよ!」
「あ、嘘、いた」
「いた、じゃねぇだろ! 人ん家のインターホン鳴らしまくって呼びまくってうるせぇんだよ!」
なんと、二階から顔を出している男がおる。
どうやらカオルのようだ。
「んで? なんの用だよ」
「ウチバスケ部のマネージャーやねんけど」
「帰れ」
「なんで」
「用がない」
「ウチはあんの!」
「知るか! とっとと帰れ!」
「もうホンマお願い、話だけでも聞いてぇや!」
頼み込む。
ホンマ、お願い。ウチかて早よ帰りたいねん。
「……戻ってこいっていう勧誘ならお断りだぞ」
「なんで分かるん!」
「アホかお前は!」
窓から怒鳴り声が飛んでくる。
「マネージャーがわざわざ来て、戻ってこいって言わねぇ方がおかしいだろ! ほら、返事したからさっさと帰れ! しっしっ」
「ちょ、しっしっは酷ないか⁉︎ 犬ちゃうしウチ!」
「うるせぇ! さっさと消えちまえ!」
「もーホンマお願い! 話してくれへんかったらウチ家へ入れてもらわれへん!」
「はぁ⁉︎」
ウチは顔の前で手を合わせ頭を下げる。
「ほんっっま、お願い! 話だけでも聞いて! 研介……やなかった、在堂先生はウチのいとこやねん!」
え、と一瞬揺らぐ目。カオルはちょっと考えた後、ぴしゃんっ、と窓を閉めよった。
……そないにおもっきし閉めんでもええやんか!
もう出てけえへんのか、と諦めてくるっと回れ右をした時。
「ほら! さっさと入れ!」
がらっ、と引き戸が開き、いかにも日本男児、というような顔の男が顔を出した。
「え……ええの?」
「お前が入れてくれっつったんだろ!
入らねぇなら閉めるぞこら!」
「わーーっ、入ります入りますごめんなさい入れてください…」
半分閉まりかけたドアに片足滑り込ませて閉められるのを防ぐ。がっ、という音とともにドアが止まる。
そして、ウチの足は痛い。だからそんなおもっきし閉めんでもええやんかーっ!
「はやく入れこら。ぎゃあぎゃあ言うなよ」
またがらっと開いた引き戸を、閉められないように押さえつつ、ウチはカオルの家へ入ることに成功した。
「……んで? 何の用だ」
「戻ってきてくだ「お断りだ」」
ウチのセリフにねじこまれるセリフ。
ウチは正座のまま頭を下げる。
「お願「お・こ・と・わ・り・だ! 聞こえてるかお前!」」
……お願い。せめて最後まで言わして。
ウチは仕方なく頭を上げ、話を別の方へ変える。
「てか、開けてくれてありがとうやで。不登校言うからてっきり閉じこもって開けてくれんかと思ってたわ……」
「不登校っつってもリハビリ行ったり、家の手伝いしたりはしてるからな。そこらへんのと同じにされると困る」
「ところで戻ってくる気は「ない」……」
……いけるかと思ってんけどなぁ。
ウチはまた肩を落とす。
「こっちこそ初耳だよ。バスケ部にマネージャーいたなんて」
カオルがウチの顔をまじまじと見た。
「そうやろうな。ウチがマネージャーになったんは、あんたが来んようになってからやから」
あぁ、だからか、とカオルはうなづく。
「……みんな、元気か」
ウチはカオルを見返した。目は逸らされてるけど、言葉は聞き逃さなかった。
「……元気やで? 研介……じゃなかった、在堂先生は相変わらず顧問の仕事してへんし、シンも腕の力ないままやし」
ふっ、と言う声がして、ウチは顔を上げた。
カオルが今初めて少し笑ったようだった。
「コウキは?」
聞かれてウチは答える。
「あいつもそのまんまや。フリースローしようとして落としてる」
「ハジメは?」
「練習は一生懸命やねんけどなぁ。運動神経がないわ」
「ケイは」
「こないだも風邪で休んだわ。この調子でいったら、そろそろ腕の骨折るやろな」
ぶっ、と吹き出す声。
「あっはっは! ……そうか、みんな元気なのか。変わってねぇか」
あぁ、とウチは納得した。
多分こういうことなんやろう。カオルがみんなに好かれていた理由というのは。
たとえ自分がいなくても、きちんとみんなのことを考えているから。
「……けどな」
ウチは正座した膝の上で手を握りしめる。
「……リョウは」
リョウ。その名前が出ただけで、カオルの表情は変わった。
カオルがリョウの名前を呼ばなかったことで感づいてはおったけど、ここまでとは思わんかった。
ウチは、下手すれば殺気まで感じられそうなカオルの顔を伺うようにして続けた。
「……ウチがマネージャーになったときから、一回もボールを触ってへん。体育館の舞台の上で座って、水筒くわえてるだけや」
ふん、というような声が、カオルの喉の奥からした。
「……お前は知ってんのか。俺とリョウに何かあったってのは」
「……一応な。コウキとハジメに聞いただけやけど」
「ふうん。そうか」
カオルはうつむいたあと、そっと口を開いた。
「……大体分かると思うけど、俺とリョウはここの出身じゃない」
カオルが部屋の床を指差した。でもそれは部屋をさすのではなく、関西をさしているのだろう。
「知っとる。リョウもあんたも、関西弁とちゃうからな」
「あぁ。中学校でリョウに会った時ほっとした。仲間を見つけたって感じで。多分リョウもおんなじ気持ちだったらしいな。ずっと一緒にいた」
カオルは片足をたてて、あぐらを崩した。
「……俺の足が悪くなった理由も知ってんのか」
「まぁな。一応知っとるよ」
ウチがうなづくと、カオルはふうとため息をついた。
「行っとくけど、戻りたくねぇわけじゃねえぞ。バスケ好きだし、俺は。戻らないのは、リョウに会いたくねぇだけだ」
ウチは嫌でも顔がゆがむ。
「リョウは悪くないやんか。あそこにカーブミラーがなかったんが悪いんやろ」
「そうじゃない」
カオルが首を振ったのを見て、ウチは頭がはてなだらけになる。
「……リョウが悪かったんか?」
「いや、そのときはリョウは悪くなかった。俺もぶつかられた時は許したよ。問題はそのあとだ」
そのあと?
ウチは首を傾げた。
「ぶつかられて終わりじゃないんか?」
「違うよ。あの後、俺の入院してた病院にあいつが来たんだ。その時言った言葉が悪かったんだよ」
え、とウチは唾を飲み込んだ。
「あいつは俺を見て呆れた顔で、『もうバスケなんてやめちまえ』って言ったんだ」