即死
鬱蒼と繁る森の中を、結城は俯き歩いていた。何度も躓きそうになりながら宛もなくふらふらと歩き続けていた。
薄暗い森の中では俯いている為、その表情は分からないが木漏れ日に顔を照らされた時の結城の目は死んではいなかった。むしろ生を渇望するようなただならぬ決意の炎を灯しているかの如く、その眼光は鋭かった。
(さっきは死んだ方がマシだとか言ったけど、死んだらそれで終わりだもんな。生きてりゃ何か見つかるかもしんねぇし、帰る方法だってあるはずだ!絶対諦めねぇ。俺は帰るんだっ!!
……はぁ。でもさっきは酷い事言っちゃったよなぁ。カッとなってあんな事…。はぁ、アイリスさん泣いてるよなぁ?何で出てきちゃったんだろ?せめて服ぐらい着る間にこの世界の事とか、色々聞いとくべきだったなぁ。大体ここどこだよ??完全に迷子じゃん。迷子ってるよ!はぁ。)
普段は調子者で滅多に怒る事もない結城であったが、状況が状況なだけに思わず怒りに任せてアイリスに言ってしまったことを後悔していた。
ふと、全身に木漏れ日を浴び足を止めた。空を見上げると、太陽と雲一つない青く澄んだ空が見えた。まるでアイリスの髪のようだと思った結城は、やっぱり言い過ぎた事を謝ろうとくるっと反転し、歩いて来たであろう道を引き返し始めた。
その表情はどこか晴れ晴れとしていて、足取りもしっかりしたものだった。
ガサガサ
引き返し始めて数メートル歩いた時、後ろから草木を掻き分けるような音が聞こえてバッと振り向いた。その音は徐々にこっちに近づいて来ている。結城は自分の鼓動が大きく早くなっていくのを感じた。緊張が走り全身に嫌な汗をかき、何者か分からぬ恐怖にガクガクと膝が笑い出した瞬間、音の正体は草木を薙ぎ倒し結城の目の前に姿を現した。
「ユーキ様ーっ!ユーキさまぁああっ!!」
アイリスは結城を探していた。辺りをキョロキョロと見渡し、僅かな手懸かりも見逃さないといわんばかりに五感をフルに使うかの如く入念に尚且つ迅速に探していた。
結城の名を叫びつつ、草木を掻き分け走るアイリスの白く美しい肌には切り傷や擦り傷でいくつも血が滲んでいた。しかし、アイリスの走る速度は変わらなかった。
また傷が増え、見ているだけで痛々しい。そんな怪我を庇おうともせず無我夢中で探していると、木と木の間から結城の姿を見つけた。良かった、まだ生きてると安堵し急いで駆け寄ろうとしたが、アイリスは走り出した足を止めてしまった。
「あっ、あれは……岩熊?!何で??もっと森の奥にいるはず………!?ユーキ様!!」
体の表面を石のように硬い甲殻で覆われその姿から岩熊と呼ばれるロックベアは、性格は獰猛で立ち上がれば悠に3mはありその力はこの森の暴君とも云われ、並の人間なら見つかれば最後だといわれるほどの強力な魔物が、恐怖で立ち竦む結城にその牙を向けた。
グォオオオッ
低いビリビリと地鳴りのように吠え、何百何千と命を奪って来たであろう鋭利な爪がはえた腕を大きく振りかぶり、結城に向かって横凪ぎに振るった。
ドゴォオオッ
バキバキバキッドーンッ!!
無情にも振るわれたその一撃は、結城を遥か遠くまで吹っ飛ばした。ロックベアの腕をまともに食らい木々をへし折りながら飛んでいった結城は、もう助かる事はないだろう。
この世界、アールに来て僅か10数分での出来事だった。