その51.傷
「お前に礼をしないとな。やられた分はきっちり返すぜ。…けど、血の力は消させてもらう。」
朔也は右手を空に掲げると、銀色の魔力を放出する。
それは雪の様に辺りに舞い散り、空気を浄化していくように見えた。
「何っ?…どういう事だっ?」
困惑するリラーデだったが、その身体を被う魔力の鎧が剥がれ落ちていく。
「それはお前の力じゃない。」
冷淡に言い捨てるが、魔力所持者の血液に何人もの被害者がいる事に心を傷めているのは朔也だった。
「くそっ、何故急に魔力が上がったんだ?前回の戦闘では、これ程の力はなかったはずだ。」
魔力を削ぎ落とされながらも、リラーデは朔也を分析し始める。
「二十年以上魔力所持者の研究をしているが、このような素材は初めてだ。面白い、面白いぞっ!」
高笑いするリラーデに冷めた視線を向けた朔也は、肩を貸しながら光樹を壁際に連れて行くついでに置いてあった剣を二本持って来た。
「お前、剣が使えるんだよな。俺とやろうぜ。」
朔也は表情なく真っ直ぐリラーデに視線を向けた。
感情を押し殺していないと、爆発しそうな感じである。
「良いだろう、魔力所持者の剣技を見せてもらおう。」
完全に魔力を削ぎ落とされたリラーデは楽しそうに答えた。その瞳には、先程迄の狂気とは違う鋭さが見える。
剣が宙を舞い、互いにぶつかり合う二人。
「凄いや…朔也。僕なんかじゃ、まだまだな感じだね。あいつも強いけど、朔也の方が優勢だな。」
脇腹を押さえつつ、壁にもたれて見学の光樹だ。下手に手を出せば、逆に朔也に怒られる。
「ぐっ!」
リラーデが左目を押さえて苦痛の表情を浮かべた。
「光樹の顔に疵をつけた分。」
だがリラーデはすぐに体勢を整えて朔也に切り掛かる。
「煩いっ!…くそっ、何故当たらない?!」
尽く朔也に攻撃をかわされる為、リラーデに焦りと疲労の色が見えてきた。
「…聞こえないか?」
朔也の静かな声に、リラーデは彼と剣を交えたまま動きを止める。
「…魔力所持者や数多くの魔物…、人間もたくさんいる…。」
辺りを見回す朔也の瞳は、悲しそうで辛そうだった。
「な、何がだっ?ここには私と魔力所持者のお前、それとあの色違いの民しかいない。」
リラーデは己の認識出来るものしか信じない。だが今、妙な違和感を感じていた。
「お前は殺しすぎた。理由なき殺戮は、己に降り注ぐ刃となる。」
朔也は静かに告げる。
すると周囲の空気が肌を刺す重く冷いものに変わった。
「な、何だこれはっ!?」
リラーデの視界にも映ったのであろう。朔也の見ていた世界は、リラーデの精神に極度の負荷をかけた。
「それは俺に見えるお前が傷付けた世界の痛みだ。…全てお前に返そう。自らの行いをその身に刻むが良い。」
朔也はそれだけ告げると、リラーデに背を向ける。
「…朔也…、大丈夫?」
光樹の側に来た時には朔也の顔色は青く、自力で歩くのが酷く辛そうだった。
「魔力…大安売りしてきた。」
冷や汗を浮かべながらも、心配そうな光樹に笑顔を向ける朔也。
「ねぇ、あいつはどうなったの?さっきから動かないけど…。」
朔也に手を貸しながら、光樹は自分が先程まで座っていた椅子に座らせる。
「あぁ、自分が殺してきた命達の重みを背負わせてやったのさ。」
朔也がそう言い終わる頃、リラーデは何やら呟きながら立ち去って行った。
「どうしたのかな、独り言言っていたけど。僕等はどうする?」
光樹は危険を感じなかった為、そのままリラーデを見送る。
「あぁ、精神に負荷がかかりすぎたんだな。あいつはもう危険はないだろう。命尽きるまで、彼等の重みを背負って行くのだから。…んじゃ、俺達も帰るか。光樹…疲れているところ悪いけど、少し力を貸してくれないか?」
朔也は顔色は良くないが、意識はしっかりしていた。
「え?良いけど、僕は魔力ないよ?どうすれば良いかな。」
光樹は傷の痛みがかなり和らいでいた為、先程より声に力がある。
「うん、光樹はギルミル山を思ってくれれば良い。帰りたいと、ただ願って。」
笑顔を見せる朔也は、それだけ言うと光樹に抱き着いた。
「えっ…うん、頑張る。…何か照れるけど。」
分からないながらも、現状に顔かにやける光樹。
「…余計な事を考えるなよ。ほら、ギルミル山…。」
光樹の首元を抱きしめている朔也は、魔力を集中しながら窘める。
「はぁい。」
光樹は瞳を閉じて、パスリルの民が住むギルミル山を思った。
復興が進み、皆は笑顔で生活している。
「…あれ?…ここ…。」
次に光樹が瞳を開けた時、既に二人はギルミル山にいた。
「凄い、ギルミル山だ。あ、朔也?大丈夫っ?」
一瞬の間に転移した驚きより、抱きしめていた朔也の力が抜けた事の方に驚く。
「…大丈夫…疲れ…て、眠…。」
そして朔也は意識を沈ませていった。




