その5.魔力の全ては自然界に
「魔法は凄いねぇ、本当に何の準備もいらないんだ。」
魔法の対象が自分である事を忘れ、目の前でみる魔法現象に見入っている。
「あのなぁ、魔法対象はお前だ。何をボケッとしてる。もっと危機的状況だぜ?」
光樹の緊張感の無さに呆れ、思わず注意してしまった朔也。
「えっ?そうなの?危機的状況は困るなぁ。どうしようか…。」
自分のおかれている状況に全く危機感を感じていない光樹は、それでも首を傾げるだけだ。
「…バカバカしい。やめた、やめた。」
朔也は魔力を集めていた左掌を頭の上に伸ばし、それを握り潰す様に弾けさせる。空気中に円を描く様に青黒い光が飛び散った。
「凄い、光の花みたいだ。…あれ?どうしたの、朔也。怒ってるみたいだよ。」
ふて寝する朔也に、光樹が近付いて顔を覗き込む。
「…うっせぇ。」
寝返りして背を向けると、それ以上反論してこなかった。
「んもぅ、お子様だなぁ。そんな事で怒らないでよ。」
光樹の何気ない言葉に、思いの他反論してきた朔也。
「んなっ…、俺は子供なんかじゃねぇ!」
どうやら、子供扱いされる事を激しく嫌っている様である。
「あぁ、ごめんね。じゃあ、行こうか。」
脈絡のない光樹の言葉に、一層ムッとした表情で朔也が振り向いた。
「お前、俺を怒らせたいのか?肉団子になりたいなら、早くそう言えよ。」
金色の瞳が鋭く光る。
「あらら、怒っちゃ嫌。」
両手を上げ、笑顔で朔也に訴える光樹。
「…俺はお前が嫌いだ。肉になりたくなければ、言葉に気を付けるんだな。」
鋭い眼差しの朔也に対して、変わらずしなやかに受け流す光樹だった。
「はぁい、気を付けま~す。で、朔也。今日の夜は何が食べたい?」
夜が明けたばかりの今、既に夜の食事を考えている。
「知るか。…腹減ったな。俺は朝の食事がまだだ。おい、俺の荷物は何処だ。」
辺りを見回し、自分の革袋を探した。
「あ、そこの木の下だよ。そうだねぇ、朝ご飯がまだだった。朔也はお肉なの?」
革袋から干し肉を取り出し、魔力の炎を創り出して地面に置いた朔也。可燃物に点火しなくても、魔法の対象を術者が決定する事が出来る。
「やっぱり、魔力は凄いね。術者の意のままかぁ。僕も欲しいな、魔力。…無理か。才能がないとダメだよね。」
言うだけ言って、うなだれる光樹だった。だが朔也の言葉に驚き、顔を上げる。
「分からないぜ?あれは、自然界との契約だからな。」
初めて聞く情報に、光樹は驚きを隠せなかった。
「何、それ。」
魔力を持つ存在は少なく、魔力自体も解明されていない。その為使用出来るのは、潜在能力を持つ忌み子のみと思われていた。
「俺は他の人間と比べて、少し身体が丈夫なだけだ。魔力の全ては自然界にある。」
火で炙った干し肉をかじりながら、左の人差し指を天に突き出す。そこに小さな炎を作り出した。
「魔力を使うのに、素材も長い言魂も必要としないのはその為だ。潜在能力の違いは魔力の絶対量くらいだろう。あとは相性か。自然界との契約とは言え、得手不得手はある。苦手な系統は魔力が弱かったり、何らかの不利な点もあったりする。」
朔也は残りの干し肉を一口で頬張ると、突然立ち上がって剣を構える。
一次は鎮まっていた魔物達の気配が活発になり、今では朔也と光樹を取り囲むように在った。
「あらら、話に夢中になり過ぎたね。完全に囲まれているみたい。」
光樹もパチンコを手にしたが、相手が多すぎる。
「恐いなら隠れてな。」
朔也は意地悪な笑みを光樹に向けた。
「何さ、僕だってやるときはやるよ。一度に多数は難しいけどね。」
光樹の手には弾となる幾つもの塊。石や骨など、素材は様々である。
「ふっ、楽しみだな。」
朔也は笑みを返すと、正面の魔物に剣を振り上げた。
「風刃。」
青白い光を右掌に集め、剣に重ねる。風の魔力を刃に変えて力を剣と同一化させる事で、その威力は直接攻撃の数倍に跳ね上がるのだ。
「わぉ、魔法剣!」
喜ぶ光樹の声を聞きながら、朔也は魔物の群れに横に一降り放つ。
剣が空を裂いた場所から、一筋の風の刃が放たれた。その威力に前方の魔物の大半が吹き飛ぶ。
「ヒュー、凄いね~。惚れ直しちゃうよ、朔也っ。」
光樹の熱い視線に、煩わしそうに朔也が振り向く。
「死にたいのか、お前。」
そして剣を光樹目掛けて振り下ろした。