その47.個
「何故目覚めないっ?」
苛立ちをぶつける眼鏡の男。周囲に控える部下達はびくびくしながら誰かの答えを待っていた。
「はい、恐らく著しい魔力消耗の為にスリープ状態であると思われます。肉体的に異常は発見されませんでしたので、魔力が回復次第目覚めると思われます。リラーデ様のお怒りはごもっともですが、魔力所持者は不便な生物ですので御了承下さいませ。」
医療を担当する男がオドオド答える。
ここは純人類の研究所であり、魔力所持者を捕らえては様々な実験を行ってきた。
「ぐぐっ、もう三日なのだぞっ。私は早くこれで遊びたいのだ。何とかしろ!」
子供の様に我が儘を言うリラーデに、見兼ねた別の男が提案をする。
「新しい魔物を捕らえましたので、どうか御心を御静め下さいませ。」
組織では魔物の捕獲と研究も行っていた。この研究所では、主にリラーデが遊び飽きた後の処理になる。
「仕方ない、それで今は我慢してやる。早く何とかしておけよ。で、魔物は何処だ?」
そしてリラーデは、楽しそうに研究所の地下へと案内されて行った。
その少し前。
「光樹様がお気付きになられたぞ。かよを呼べ。」
慌ただしく行き交う人々、ここはパスリルの民が暮らすギルミル山である。
眼鏡男リラーデとの戦闘で負傷した光樹は、朔也の魔力によってこの地に瞬間移動されてきたのだ。
「…光樹様、かよでございます。御気分はいかがですか?」
かよの呼び掛けに、横になってボンヤリと天井を見たまま何の反応も示さない光樹。
「…御身体の具合は如何ですか?」
光樹の傷は深く、未だに自由に身体を動かせる程の回復は出来ていない。
「包帯を替えさせて頂きます。」
反応を示さない光樹に対し、かよは声を掛けながら包帯を取り替え始めた。
「…光樹様…。」
顔に巻かれた包帯を取ると、左目を縦に裂くような痛々しい傷が現れる。思わず口元を押さえ涙ぐんだ。
幸い瞳自体は傷付いていない為、視力には問題がないと医師が判断。
「…朔也様が御心を傷めますでしょうに…。」
かよが思わず漏らした言葉に、突然今まで何の反応も示さなかった光樹の瞳に涙が浮かぶ。
「あ…っ、朔…也っ。」
己の肉体的痛みより、思い出されるのは朔也の事ばかりだった。はっきりと意識があった訳ではないが、苦手な雷の攻撃を受けたはず。
「朔也…っ、朔也…っ。」
そしてここに朔也がいないという事が意味するのは一つだ。
「…かよ、朔也は来ていない…よね。…朔也は何らかの魔法で僕だけ飛ばしたんだ。あの状況下で魔力を大量消費したのなら、今は眠っているはず。あれから何日経った?僕は何日くらい眠っていたんだい?」
朔也の眠りの時間は魔力消費による。
「は、はい。光樹様はこちらに到着してから、二日程眠っていらっしゃいました。ですが、まだ御身体が回復していないと思われます。」
かよは深く頭を下げながらも、苦痛に顔を歪めながらも起き上がる光樹を引き留めようとした。
「二日か…。ありがとう、かよ。でも、僕は行かなくてはならないんだ。待っているだろうからね、朔也がさっ。」
痛む身体に鞭打ちながらも、その瞳は光が満ちている。
「光樹様…。」
かよはそれ以上何も言えなかった。止められないのである。
「それで…かよ、皆に見つからない抜け道ある?見付かると何かと五月蝿いし。後、悪いんだけど足になるものが欲しいんだよね。さすがに歩いて行くには…ね。」
ニッコリと笑顔を向ける光樹に、思わず笑ってしまうかよだった。
「光樹様は、あの頃と全くお変わりありませんね。幼い頃からお城を内緒で抜け出して、お一人で街に行かれていましたもの。」
くすりと笑いながらも、懐かしいパスリルの国の在りし頃を思い出す二人。
「うん、かよにはこんな事ばかりお願いしてるかな?これからも宜しく頼むよ。君にしか頼めないから。」
光樹は柔らかい笑顔を向ける。
「はい、光樹様。またこうして光樹様の御側でお世話出来る事が幸せです。では、用意をしてまいりますので暫くお待ち下さいませ。…本当はもう少しお休みになって頂きたいのですけど、もう御心はお決まりの様ですものね。」
頑固な所もある光樹の事を幼い頃から見てきたかよは、止められない事を悟り出来うる限りの身の回りの品を揃えた。
そして誰にも見付からずに集落の外れに来た光樹とかよ。
「ありがとう、かよ。必ず朔也と一緒に帰って来るね。」
かよの用意してくれた乗人用鳥型魔物に乗ると、笑顔で軽く片手をあげる。
「はい、お待ちしております。まだ御身体が完治してはおりませんので、くれぐれも御無理なさらないようにお願いします。」
少し瞳を潤ませながらも、深々と頭を下げるかよだった。
「うん、出来るだけ気をつけるよ。じゃあ。」
かよに別れを告げ、光樹は鳥型魔物の腹を軽く蹴る。歩き始めた振動に顔を歪ませたが、すぐに意識は朔也の待つだろうラディンの街へ向いた。




