その29.別れ
雪が降り始めた。
総ての時が停止してしまったかのようである。
その中で動く影。法術師の攻撃で気絶していたザザルーだ。
唸り声を上げながら起き上がる。
「あ…、本当?…うん…、お願いしますっ!コー、ザザルーがサクを!」
ザザルーと会話していたティムが、嬉しそうに振り返った。
視線の先にいる光樹は、雪が朔也に降り積もらないように自身で覆うように抱きしめている。
「…何…、朔也はまだ…温かいよ?」
焦点の定まらない虚ろな表情で、ティムの言葉は届いていないようだ。
「しっかりしてよ、コー!ザザルーが、サクに力を貸してくれるって!」
光樹に駆け寄り、肩を揺する。
「あ…、えっ?何、どういうこと?」
漸く正気に戻った光樹だが、話が読めずにティムとザザルーに交互に視線を向けた。
「どうやって…でも、可能性があるなら!」
光樹も朔也の危険な状態を分かっている。
そして二人は魔物ザザルーの成すことを見守った。
ザザルーは低く長く唸り声を上げる。長く続くそれは、まるで祈りか呪文の様であった。
やがて棘山と化した魔力所持者の血液に変化が現れる。
針の様に突起した形から一つの丸い液体状になると、蛍火の様に淡く光りながら光樹に抱えられている朔也の身体の上に移動してきた。
いつの間にか雪は止んでいたが、それでも朔也に降り続く雪の様に白い光。魔力の血から溶け出す様に光が溢れ、朔也に降り注ぐ。
「あ…、朔也の傷が癒えていく…。」
光に包まれて行く朔也の小さな傷から少しずつ回復していった。
ザザルーの唸り声が続く中、魔力の血は光りを溢れ出しながら朔也の胸の辺りに静かに降りて来る。
そして朔也の胸元に止まると、強い光を放ちながらゆっくりと彼の中に吸い込まれて行った。
どれくらい時間が経ったのか、辺りがシンと静まり返る。
「…朔也?」
ずっと彼を抱きしめていた光樹が変化に気付いた。
ゆっくりと眩しそうにその金色の瞳を開く朔也。
「…おはよう、光樹。」
何事もなかったかのような目覚めの朔也に、光樹は何も言えずに溢れて来る涙を止める事も出来ない。
「泣くなよ、俺よりデカイくせに。」
朔也は身体を半身起こすと、自身の状態を確認した。勿論服はボロボロである。
「…何だ、これ。」
傷は治っている様だが、自身の胸元に宿る紅い玉。親指の爪程の大きさで、蛍火の輝きを持っていた。
「あ、それ…ザザルーが…。」
落ち着いて来た光樹は、今までの経緯をかい摘まんで話す。
「そっか…悪かったな、何かいろいろ心配かけて。…あれ、ティムは?」
頭を掻き、照れながら謝罪する朔也。ふと、ティムの姿が見えない事に気付いた。
「そういえば…あ、ザザルーのとこ。」
光樹も同じくティムの不在に辺りを見回し、少し離れた先に魔物ザザルーの隣にいる彼を見付ける。
「…今までありがとう。サクとコーに会えて本当に良かった。おいら…、ここまでだよ。ザザルーと生きていく。本当に…ありがとう。」
近付いて来る事なく、深々と頭を下げるティム。
「…何だよ…、どういうことだ?おい、説明しろって!」
朔也はティムの言葉の真意が解らず、声を荒げて問い掛けた。
何も言わないティムの代わりに、ザザルーの低い唸り声が響く。
それに反応するように朔也の胸元の紅い石が光を放ち、ザザルーの想いが流れ込んで来た。
「…何だよ…それ…っ。くっ…そ…っ!」
一人で頭を抱えている辛そうな朔也に、光樹は柔らかく抱きしめる事しか出来ない。
「…俺のせい…か?俺が弱いから…っ。」
呻く様に言葉を漏らす朔也。
ティムはザザルーと契約した。朔也の回復と引き換えに、このベグル山に残る事を。
ティムにとっては、その方が良いのだろう。人間の目に触れないこの山ならば、命の危険は少ないのだから。
「ティムが決めたんだよね。それなら、笑顔でまたねってしなきゃ。」
光樹の柔らかい笑顔が、真っ直ぐ向けられた。
旅に慣れていると言う事は、別れの経験も多いと言う事。
「…ふん、気に入らねーっ。何かお前が気に入らねーっ。」
感情の当て先が光樹になり、思い切り彼の耳を引っ張ってやった。
「いたたたたーっ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
大袈裟に痛がって見せる光樹に、朔也の口元が緩む。
「…ありがとな、光樹。」
光樹が気持ちを和らげようとしてくれているのが分かった朔也は、とても小さな声でお礼を言った。
「えっ?何っ?…って言うか、耳痛い~っ。」
光樹は嬉しすぎて耳まで赤くなっていたが、引っ張られて赤くなっているふりをしてごまかしている。
「…ティム、またなっ!」
朔也が大きな声で片手を上げた。
ティムは涙を堪えながら必死に手を振っている。
「ティム、ちゃんと好き嫌いなしに食べて大きくなるんだよ~っ!」
光樹も笑顔で手を振った。
そしてティムとザザルーを残し、ベグル山を下りる朔也と光樹である。




