その2.魔力を持つ者
草原より湿度があり、様々な生物の気配がする森。大型の魔物は少ないが、俊敏な肉食の魔物は多い。
「この風の防御魔法は、ずっと君を守っているんだねぇ。お陰で、全く魔物が近付いて来ないや。近くに魔物の気配はするんだけどね。」
朔也を担いでいる光樹は、共に風の魔力の中心にいた。取り巻くような風が、意識を失っているにも関わらず朔也を守っている。
「池、発見~。」
歩く事半日、薄暗くなった頃に漸く泉を見つけた。
泉の淵に荷物を下ろすと、朔也を肩に担いだまま水に入って行く。
「ふぅ、気持ち良いけど…冷たい。ねぇ?」
光樹は意識のない朔也に話しかけた。服を脱がしながら、ブルグラの神経毒の体液を洗い流していく。
「あっ…凄い傷痕。忌み子って言われて、酷い事されたのかな…。身体中の色々な場所にも細かい傷があるや…。人は時に、魔物より酷い事をするからなぁ。怖い怖い。」
朔也の背中には、刃物で切り裂いたような大きな十字の古傷があった。
魔力を持つ者は忌み子と呼ばれ、周囲から迫害を受けていたのである。
「ケロイドの状態から見て、生死に関わる程の深い傷だったみたいだね…これ。」
そっと傷痕を撫でると、意識がない朔也が小さく呻く。
「痛かったね…でも、良く頑張ったね。もうこんな酷い事…絶対させないから。僕が君を守るからね。」
優しく朔也を抱きしめた。そういう光樹自身、外見の違いから人に迫害を受けた経験を持つ。
パチパチと弾ける音が聞こえていた。
意識が戻ったのか、朔也の瞳がゆっくりと開かれる。
「…あ…れ…?」
辺りが漆黒の木々に覆われている為、少し状況判断に時間を必要とした。
「気が付いたね。」
突然声をかけられ、無表情のまま視線だけを移す。朔也は混乱している為、表情すら固まっているようだ。
「あのままじゃ麻痺が進行するから、洗い流しておいたよ。さっぱりしたでしょ。」
光樹は朔也が口を開かなくても一人で話す。
その言葉に半身を起こした朔也。自分を包んでいる布を少し開けて自身の状況を確認し、全裸であることに少し赤顔していた。
「君、凄いね~魔力。気に入ったよ。あの状況での判断力、実戦経験は中々だね。少し注意力が足りないけど、まぁ想定内か。僕の右腕に十分合格だよ。あ、僕は光樹。よろしく。」
話しながら右手を差し出され、無意識にその手を取り握手を返す形になる。
「で、君の名前は?」
手を握られたまま突如自分に向けられた質問に、考える余裕はなかった。
「朔也…。」
だが混乱したままの頭がはっきりしてくるに従って、複雑な感情に襲われる。
「あ…っ。人間は法力で名前を縛れる…っ。」
朔也は警戒心を剥き出しにして急に手を振りほどくと、全裸のままではあるが近くにあった自分の剣を構えた。
朔也は過去に法力で拘束され、酷い仕打ちを受けた事がある。
それを冷静に観察していた光樹は、静かに朔也に話し掛けた。
「朔也…、良い名前だね。誰に名付けて貰ったのかなぁ。僕はね、お父さんに名付けて貰ったんだって。遊んでもらった記憶は残っていないけど、優しくて強い人だったみたい。」
優しく独り言の様に話し続ける光樹に、朔也は剣を構えたままで座り込む。だが、視線は少しも外さなかった。
「お母さんも優しくて、綺麗な人だった。僕と同じ、銀の髪に赤い瞳をしてて…二人共もういないけどね。」
悲しそうな笑顔を向ける光樹。
「俺の親もいない。それでも俺は生きてる。あ…裸だった。俺の服…は、濡れてるか。仕方ない、これで良いや。」
朔也の着ていた服は洗濯され、近くの木に干しかけてあったのである。朔也は先程の布で身体を包んだ。
「ブルグラの体液が付いていたから洗っておいたよ。…そうか、生きてる…ね。確かに…。」
一人頷きながら、少し嬉しそうに笑う。
「お前、俺の事が気持ち悪くないのか?魔力持ってるの、分かってるんだろう。」
朔也は光樹に魔力の存在を感じなかった。それゆえ、警戒心を解けずにいる。
「うん。どちらかと言えば、可愛いから僕の好みだね。あ、安心してね。僕は君を傷付けたりしないから。」
笑顔を見せる光樹に、人間不信の朔也は眼光鋭く見つめたままだ。
「…世話をしてくれたのには礼を言う。だからといって、お前に気を許す訳ではない。それ以上俺に近付いたら、命の保証は出来ない。」
朔也は布に首まで包まると、そのまま倒れるように横たわる。まだ体力が完全に回復した訳ではない為、身体は十分な休息を必要としていた。
「うん、分かった。襲わないからゆっくり休んでよ。…ちなみに朔也。この風の防御魔法は、いつまで持つのかな。僕も半日程君を背負って歩いたから、出来る事なら少し休みたいんだけど。」
光樹もかなりの体力を消耗しており、現時点で魔物との戦闘は厳しいと自己診断。だが朔也の方は、既にうとうとしかけている。
「朝までは…大丈夫だ。俺の…回復…ま…で…。」
話も半分に意識が沈んでいってしまった朔也に、光樹も少し安心した。つまりは意識を保っていられなくても、それだけ防御魔法と光樹を信用していると思われたからだ。
「なんか…嬉しいな。逢えて良かった、朔也に。」
照れ笑いを浮かべながら、光樹も横になる。今まで、これ程に出会いに感謝した事はなかった。
空に星が瞬き、本当に静かな夜。光樹は薪を少し多めに入れると、一日の疲れを癒す為に瞳を閉じる。
「朔也に逢わせてくれた今日に感謝。夢でありませんように…。」
そして光樹の意識も深く沈んで行った。