その1.名を朔也という
プロローグ
乾いた風が吹いていた。
それに髪を撫でられながら、ボンヤリと太陽が真上から少し傾いた地平線を見る少年。名を朔也という。
「今日は獲物がいないなぁ。お腹減ったし、もう動けない…。」
座っていた岩の上にパタリと倒れた。日に焼けてもなお白い肌は、赤銅色の髪を引き立たせる。その瞳は金色に輝き、意志の強さを感じさせた。
「肉~…。ま、獲物がいなければ仕方ないか。剣の手入れでもしようっと。」
右腰部分に装着された鞘からスラリとした刃を抜き出す。刃渡りは朔也の肩から指先程、傷が所々に見られた。
背中に背負った革袋から砥石を出す。
少し湾曲した細い剣は、小柄な少年には使いやすいサイズの様だ。
「結構傷んできたなぁ。」
研ぎ終わった剣を点検し、鞘に戻した瞬間。突然朔也は、背後から現れた何かに力強く地面に叩きつけられる。
「ぐっ…、ブルグラ!」
ヌルリとした感触と視界に映る僅かな体色から、その魔物の種類を判断したようだ。
ブルグラは低木草原に住む魔物。軟体系で体色は青く、神経毒の粘膜に覆われている。解毒薬はブルグラの心臓で、干して保存する事も可能だが苦かった。
「気持ち…悪ぅ…、退けよ…っ!」
ジワジワと神経毒に侵されていく。それでなくても大岩の様な体重で押さえ付けられている為、呼吸もままならなかった。
朔也の左手はブルグラの下敷きで、利き腕を塞がれている状態である。
「油断…し…たっ!…どう…する…?この…状態…じゃ…。」
全身で受ける毒の効果は即効性があり、すでに視力と聴力が侵され感覚を奪われていた。
「やる…きゃない…か…。雷っ!」
朔也の言葉と同時に、彼の解放されている右手に金色の光が集中。そして迸る雷光となり、周囲に放たれる。
「ぐぅ…っ!」
朔也自身も苦しげな表情を浮かべるが、ブルグラには威力絶大であった。
朔也の上から飛び退くと、地鳴りの様な叫び声と共にうねりながら黒い泥と化す。
「ざま…みろ…、俺の上に…乗った…お返し…だ…。」
今の朔也には見えていないが、辛うじて残る嗅覚で焦げたその独特な臭気を感じ取っていた。
「…けど…、やばい…。毒…回りすぎ…、痺れた…し…。風壁っ!」
意識を保つのが難しくなり、白い風の壁を自分の周囲に張り巡らす。
「…とりあえず…、少し…休憩…。」
同じ俯せの体勢のまま、力尽き意識を手放した。
空腹に加えて神経毒に侵された身体に、先程の自分で発生させた魔力の雷撃である。気力体力ともに、彼の限界を超えてしまったのだ。その中で辛うじて防御魔法を放った朔也。
だが、そんな少年を少し前から見つめる影が一つ。
「見つけた、魔法少年。」
名前を光樹という、褐色の肌に銀髪赤眼の少年。
「魔力ってば、法力と違って純粋で綺麗だよねぇ。それなのに、どうして人は嫌うのかなぁ。」
朔也に歩きながら近付いて行く光樹は、大きな独り言を喋っていた。
この世界では、法力と魔力の二つの力がある。一般的に法力が主流で、魔力自体は知らない者もいた。
「あらら、ブルグラの体液でベタベタじゃないか。なんか、エロいけど…。って、ふざけてる場合じゃないね。このままじゃ、神経毒に脳まで侵されちゃうよ。」
朔也の周囲を取り囲んでいる風の防御魔法は、そっと光樹が触れても何も反応を示さない。
「良かった、弾かれなくて。僕に殺意がないからかな?簡易的な防御魔法なんだねぇ。まぁ…これだけ神経毒に侵された状態で使える魔力だから、影響力に限度があるかもだね。」
朔也の状態を確認し、自らブルグラの解毒薬である干し心臓を噛み砕きながら口に含む。そのまま腰に下げた革袋から水を口に含むと、朔也に口移しで飲ました。
「よし、とりあえずこれ以上酷くはならないようにね。さてと、身体を洗う為に池まで行かなきゃな。う~…口の中が苦い…。」
ブルグラの粘液でべたつく朔也を軽々と肩に担ぐ。
「案外軽いんだね。僕より少し子供なのは見て分かるけど、もっと栄養付けた方が良いよ。」
光樹は独り言を呟きながら、森の方へ歩いて行った。