Task force
基地に帰投して、夕食を摂りながら情報技官の男と話をして気になったことがあるので、基地内の自室に戻り私物のノートパソコンを衛星回線で接続して日本国外の最新情勢を調べた。
(アウトブレイクが発生したか……)
今、俺が見ているサイトは、アメリカ国内にあるニュース情報専門サイトで、そこに表示されていた記事には『Reviving the dead (一度死んだ死者が蘇る)』という記事だったが、今朝の段階で更新されそこには『UN Security Council strongly condemned the invasion of Japan to the Chinese government. (国連安全保障理事会が中国政府に対し、日本国への侵攻を強く非難)』という記事があった。
なぜテレビの電源を入れてニュースを見ないのかというと、日本国内でのアウトブレイク発生後に首都圏周辺の放送局は壊滅状態になり、現在は民放各局が合同で日本国内での情勢のみを報道している。
警察と自衛隊により、首都圏周辺で封じ込めが行われたが封鎖線から遠く離れた地方都市でも感染者が確認され(保菌者が公共交通機関などで移動した為)、各地の自衛隊が掃討作戦を実行したものの、作戦中に死亡した隊員を移送した為に基地内で死者が蘇り壊滅する基地もあった。
犠牲者が多数いる基地では、部隊から脱走する者も現れ始めた。
脱走した自衛官が各地で生き残る為に略奪行為を始める事件が発生した。
それによって、法執行機関の影響力は低下して日本国内の治安は急速に悪化していった。
また、アメリカ合衆国でも人民解放軍と交戦した際に感染者にやられた兵士が発症してアメリカ合衆国全体へと広がっていった。
― 基地司令部 ―
この時間帯になると、基地パトロール部隊以外の殆どの隊員が寝ている。
司令部はまだ明かりが灯っていた。
気になったので司令部のドアを開けると、高木が無線機で誰かと交信していた。
《え、今日? 分かりました。 今度は、もう少し早めに連絡して下さい。》
高木が無線機のレシーバーを机の上に置いた。
「相手は誰だ?」
「USSOCOM(United States Special Operations COMmand)だよ」
「……要は、特殊部隊として開発元の中国領に潜入して生物兵器の資料若しくは、ワクチンを入手するってことか」
「ああそうだよ。 USSOCOMとロシアの特殊部隊との共同作戦だ」
「ん? うちの部隊からも人員を出すのか?」
「ああ、そのつもりだよ」
「強襲班から人員を出すのか」
そう思って納得していると、「他人事のように捉えているようけど岡崎、お前もタスクフォースに入ってもらうから」と言った。
「……そういうのは、もっと前に言ってくれ」
「しょうがないでしょ、昨日連絡が来たんだから。 まぁ、後で何か奢ってやるからそれでいいでしょ」
ドアを開けながら、「じゃあ、寝てくる」と言って雪が降る中、職員寮へと向かって歩き出した。
― 職員寮 ―
自分の部屋に戻り、ベットの上に身体を横たえると、直ぐに眠りに就いた。
そして、アラームの音で目が覚めた。
顔を洗ったあとに、私服に着替えスイス陸軍で使用されているショルダーバックを持って武器庫へと向かった。
武器庫のID認証をしてドアを開けたあとに、自分の名前が書かれているロッカーからSR-25ECRを取り出し、作業台の上に置いた。
チャンバー内に銃弾が装填されていないことを確認してからスコープを外し、底部レイルに取り付けてあるバイポッドを取り外した。
機関部とレシーバー部を固定しているピンを抜いて機関部内部を露出させてスプリングと撃針に付着している火薬の燃えかすを丁寧に拭き取った後に、各部の摺動部に油を差しライフリングも修正して組み立てた。
最後のピンをはめてチャージングハンドルを引くと滑らかに動きある地点で『カチッ』という音がした。
その状態で引鉄を引いて再び『カチッ』という音がしたのを確認してからスコープを取り付けスリングで背負い、装填済みの弾倉を鞄の中に入れて射撃訓練場に向かった。
― 屋外射撃訓練場 ―
広大な敷地を活かした訓練施設の中でも、模擬戦場と屋外射撃場の広さは国内トップクラスの規模を誇る。
屋外射撃場内に誰も居ないことを確認してから弾倉を叩きこんだ。
匍匐姿勢になり、バイポッドを使ってライフル全体を安定させてから、チャージングハンドルを引いてチャンバー内に初弾を装填して600m程離れた直径30cmの金属製の標的をスコープ内に捉えレクティルの中心から3ドット上を狙って引き金を引いた。
放たれた弾丸が衝撃波の軌跡を残して標的から左に30cm程離れた地点に着弾した。
(……無風状態で左に30cmのずれか)
スコープ右側のエレベーションノブを3クリック回転させ修正した後に、もう一度引き金を引いた。
発砲音のあとに、弾丸が標的に命中する音が聞こえたので、同じ地点に紙製の競技用標的を設置してスコープの調整をした。
スコープの調整を済ませて撤収していると、遠方からC-130Jスーパーハーキュリーズ輸送機が近づいて来て基地の滑走路に着陸するのが見えた。
(高木が言っていたUSSOCOMか?)
取り敢えず、滑走路の方に行くことにした。
― 航空部隊滑走路 ―
C-130Jから迷彩服を着た男達が降りてきた。
ハンヴィーがC-130Jへと近づいて、高木が降車した。
司令官と見られる中年の男が、高木に対して敬礼をして高木も敬礼を返しているのが見えた。
そのまま談笑を続けていたが、ブリーフィングルームの方に向かって行ったのでそちらに合流することにした。
制服に着替えブリーフィングルームに向かって通路を歩いていると、隣の部屋から秀夫が出て来た。
「ん? 制服なんかに着替えて何処に行くんだ?」
「ブリーフィングルームに向かうところだ」
「ふぅん、折角の休日にご苦労なこった」
「……皮肉か?」
「そのつもりだが」
軽く肩を小突いてブリーフィングルームのドアを開け、中に入ると、高木や陸上自衛隊の見慣れた顔があった。
(陸上自衛隊も来ていたのか)
奥のスクリーンには、『Enter pass code』と表示されている。
部屋の後ろの方の席に座り、ブリーフィングが始まるのを待っていると前に座っていた自衛隊員が急に振り向いた。
一瞬の間の後、「岡崎さんじゃないですか」と声を掛けて来た。
「雪輝か。 久しぶりだな」
確か以前は、陸上自衛隊第17普通科連隊所属だった筈だ。
以前、俺が自衛隊に所属してた頃の後輩だった。
「ん、もしかして所属部隊が変わったのか?」
「はい、陸上自衛隊特殊作戦群所属に配属されました」
そう言ってIDカードを俺に見せた。
「……と言うか、この前のホテルの屋上で救助に来ていたじゃないですか」
「え、あの時いたのか?」
「……どうせ影が薄いんですよ」
「これより、タスクフォースと中国・北朝鮮国境にある生物兵器研究所への3ヶ国合同強襲作戦の概要を説明する」
高木が珍しく制服姿で真面目に言った。
「3ヶ国?」自衛官が呟いた。
「今回の作戦には、日本とUSSOCOMとロシア空挺団第45独立親衛特殊任務連隊が参加する」
そう言って次のページを表示させると、それぞれの部隊の部隊章が表示された。
「明日、04:00にC-130Jでロシア空挺団基地に移動して、同日23:00に中国・北朝鮮国境上空24000フィート上空からHALO降下して、23:30に生物兵器研究所を襲撃する」
アニメーションで航空機から降下までの様子がスクリーンで再生された。
「連中の研究所に存在するありとあらゆる情報を回収する。 強襲作戦開始から3時間後に回収班は、ウグロヴォエ空軍基地からヘリで北朝鮮領空に侵入してレーダー網に探知されないようNOE飛行で研究所から北北東27Kmの地点で強襲部隊を回収する手筈になっている。 なお、本作戦では、Mi-35Mと護衛機としてMi-28Nを各3機使用する」
ワイヤーフレームで表現された機体と機体諸元表が表示され、燃料と航続距離が赤く表示された。
「見ての通り、増槽を付けてもウグロヴォエ空軍基地からぎりぎり一往復出来る程度の燃料だから、近接航空支援を行う余裕は無い。 以上だ」