赤い約束
夜の高速道路が嫌いだ。
――否、むしろ嫌いなのは赤い光なのだが。高台に延々と続く、鉄塔の赤い点滅が嫌いだ。
一つずつが別々に、俺には解らない気味の悪い何かに、呼び掛けをしている様な気がする。
「……チッ」
それまで順調な自動車の流れだったが、どうやらここから渋滞の様だ。
鉄塔の列が見渡せる場所で、自動車の列は完全に動かなくなってしまった。
鉄塔の赤い点滅。自動車のテールランプやブレーキランプの赤い光。それぞれが夜の闇に赤く滲んで、目の奥がチカチカする。
気晴らしに、カーステレオのスイッチを入れた。
……ックの名曲の時間です。今夜の名曲は、シューベルト……カチッ。
ダメだ。クラッシックなんて聞いていたら眠ってしまう。
この社用車は、ラジオを聞く以外のシャレたことは出来ない。俺は諦めて、ちっとも進まなくなった自動車の列に向き直った。
赤い光は、俺を焦燥感に駆らせる。そして、少しずつ思い出す事がある。
俺は、神隠しに遭った事がある。
小学校の夏休み。父の田舎での事だ。
行方不明になった俺は、一週間後、集落の外れの祠の脇で眠っている所を発見されたらしい。こういった話のご多分に洩れず、行方不明の間の、一切の記憶を無くして。
しかし最近、はっきりと思い出した。
もう二十年も経った今頃になって。
前夜の雨の名残でぬかるんだ地面と、濡れた雑草の茂み。日差しは強く暑く、しかし午前中の気温はまだ低い。蝉の声と、大人たちのボソボソとしか聞こえない話し声。どこからか、せせらぎが聞こえていた。
俺は、田んぼと森の間を抜ける舗装されていない道を、両親を含めた親戚と一緒にゆるゆると歩いていた。何の集まりだったのか、どこへ向かったのかは思い出せないが、その道に沿って、目が覚めるほどに真っ赤な彼岸花が咲いていた。
「其方は……、一人か?」
ずっと赤い彼岸花の列に沿って歩いてきたのに、突然にそれは白い群れに変わり、その向こう側に、彼女はいた。
時代錯誤な話し方と、朱い、煌びやかな着物姿は今思えば不審だが、田舎の子供とはそういうものかと、当時は全く不思議に思わなかった。
「は……?」
むしろ、一人かと問われた事に慌てて振り返るが誰も居ない。
「やっべ……」
怒られる! そう思った次の瞬間には、少女のことは忘れて踵を返していた。
「其方、我と遊ばぬか」
走り出そうとしていた脚は、少女の声に引き止められた。
「我も一人で退屈しておったのだ」
否、とは言わせない、人を従わせる力のある声だった。
にぃ、と口角を上げた唇が紅い。
フラリ、と、俺が向きを変えたのを認めて、少女が背を向けて駆け出す。重そうな着物などモノともしない、軽やかな足取りで。
「其方が鬼じゃ! 我を捕まえてみぃ!」
……それから、鬼ごっこ、かくれんぼ、木登り(驚くことに着物のままで!)、果てはままごとまでしたと思う。
そうして別れ際。
「――其方、我の婿になれ」
……カチッ。ハァイ!リスナーの皆さんこんばんは!DJユーリのカウンセリングルームの時間よ!
「ビックリした……!」
何故か突然スイッチの入ったカーステレオの音に我に返る。ウトウトしてしまっていた様だ。
前を見れば列が動き始めている。
危ない。危ない。
……リスナーのみんなはどう思う? お答え待って……ザザッ……やくそ……迎え……ザザッ……婿……。
電波悪いな。
そういえば、俺は何と答えたんだっけ。『婿になれ』と言った少女に。
考えながらカーステレオを切ろうと手を伸ばした。その時。
「うわっ!!」
慌ててハンドルを切る。
タイヤが滑る音。
ブレーキが効かない。
全身に衝撃。
――目の前に、赤い光。
交錯する。
朱い着物。
にぃ、と口角を上げた紅い唇。
あぁ、クラクションがうるさいな……。
「迎えに来たぞ。我が婿。約束したであろう?」
あぁ、そうか。
彼岸花の花言葉は
「再会」
『いいよ。そうだな……大人になったら……二十年後とかになら、さ』
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