昼夜逆転
"人生とは何の為にあるんですか?"
唐突に質問する小学生に、今年24歳になったばかりの高校教師は渋い顔をした。
何故ならその理由を明確に知る人の方が圧倒的に少なく、尚且つ世間一般にそれの正しい答えすらないからである。
教育者として回答するべきなのか、それとも主観で答えて良いものなのか、というよりそもそも自身でもその答えを知らない。
数秒、沈黙が流れ、青白くなる先生の顔をみて
あからさまに残念そうな表情を浮べた生徒は静かに教科書のページをめくった。
大学を卒業して2年、『太陽』は日々仕事に励み、その真面目に、真剣に取り組む彼を会社は評価していた。
今の時代数字至上主義なイメージのある営業職でも働き方改革や多様性などの世間の雰囲気から結果以外の過程も人事評価に含まれるようになった。
だが当然人事評価が高いと言うことは必ずしも嬉しい訳ではない。
何故なら評価が高いからと言って給与に即刻反映される訳ではないからである。
現に太陽は今年異動届を本社の人事部に直談判し、上京し、その上京に伴って給与に『家賃補助』と『出張手当』を支給される事により少しでも生活が楽になれば。と思い、最も出張手当が高く見積もられている東京の支社への異動を志願したのだ。
太陽はこの不景気の中、毎日誰よりも営業活動を行っていたし、誰よりも成果を欲した。
だがなかなか思うように成約に結びつく商談のアポイントを獲得する事ができなかった。
『東京なら』と思ったが逆で、今まで所属していた静岡支社で行っていた営業よりも明らかに難しく商談のアポイントすら取れずにいた。
当然である、東京の方が客先は営業慣れしており決まった断り文句で何を言っても取り合ってくれない。
結局東京に配属されてから、太陽は毎日毎日、顧客リストを見るか営業電話をするかしか仕事がなかった。
それを見かねた水口主任から、太陽に声をかけてきた。
『あまり真面目にやる過ぎるのもよくないぞ。気楽にやっていればラッキーで獲れることもあるから。』
『はい…。』励ましてくれた上司に対して笑顔で返答したつもりが、太陽は苦笑いしかできなかった。
それを見かねた水口主任から、気分転換も含めて
太陽と歳も近く2年前に同じく自ら志願して東京支社へ異動してきた先輩社員の『あや』に同行してみてはどうかと提案された。
太陽にとっても唯一と言っていい程、気軽に会話の出来る先輩のあやとの同行なら、ストレスに晒されずに営業を学べるかもと思い、了承した。
次の日、あや先輩とは昼休憩の後に品川駅の近くのカフェで合流して訪問先へ向かう事になった。
『こっちこっち〜!』あや先輩が店内に入ってきた太陽を見て声をかけてくれた。
『あや先輩、声かけてくれるのはありがたいですけど、他のお客さんもいるのでやめてくださいよ』
『あ、ごめぇん。それでさ今から訪問する企業なんだけど、水口主任の担当している企業なの。だから私もそんなに打ち解けてるわけじゃないし、なにより担当者の人かなり癖強くて本当に苦手なんだよね、正直行きたくなかったけど、太陽くん同行するって聞いて少し気楽になったよ』
あや先輩は元々、新潟支社の所属で営業成績も良く、即役職社員になるのではと評判の人材だった。
だが、東京支社へ異動してから役職はおろか、営業成績は急激に下がり、役職社員の取引先を押し付けられている。
だが、1日中社内に籠って営業電話をし続けている太陽からしたらかなり羨ましく感じていた。
『ねー。誰〜?こんなケーキ頼んだのー』
奥の席から、若い女性の声が聞こえてきた。
ふと反射的に声のある方へ目を向けると4人組の若い女性のテーブルだった。
『え、本当だw 誰が買うのこれ』
『あーちゃんが頼んでましたー!w』
『スースー』
『いや、あーちゃん寝てるし』
この4人組の声はかなり大きかったので、会話の内容が聞こえた。
だが、気になったのはその若い女性達は皆髪の毛が金髪、または明るい茶色で露出部が多い服装。
中には刺青が入っている人もいた。
『キャバ嬢だね』あや先輩が目を細めて言った
『え、今昼過ぎですよ?こんな時間に起きてるもんなんですね』太陽は素直な疑問が口から出た。
『いや、多分今までどこかで飲んでたんだよ。アフターって訳でもないだろうから、客のアフター終わりに合流して飲みに行ったらこんな時間で、わけもわからずここに行き着いたってところかしらね』アフターとはキャバクラの営業時間後にキャバ嬢がお客さんと外で会う事を指す。そのくらいは何となく知っていた。
だが、具体的な推測で真偽は不明だがそこまで見通せるあや先輩を見て、違和感はあったもののさすがの洞察力だと思って聞いていた。
『そろそろいこっか!』
あや先輩の一言で、訪問先の企業へ向かう事にした。
その日の夕方、帰りの電車を待っていた太陽の元にLINEが入った
『もう東京にきてるんでしょ?久々に飲みにでも行こうよ』
牧野からだった。
牧野は太陽と同じ大学の同級生だが、3年の夏に牧野は自主退学をしてからそれっきりだった。
だが、気が合うと思っていたし何より良い奴だった。
牧野が大学を辞めてからLINEで連絡は取ってなかったものの、どうやら太陽のInstagramでの投稿を見て東京にいる事を知っての連絡だったようだ。
太陽は久しぶりの再会に胸を躍らせ、牧野に指定された上野の居酒屋へ向かった。
『久しぶり!こうして会えるとは思ってなかったよ』
『本当だな笑』
思ったより牧野の方が喜んでいて、嬉しい気持ちに満たされそうになる太陽。だが明らかに自分より高価な服装を見て驚いた。
その後、大学時代仲良くなってから2人はよく飲みに行った時のことを確認するかのように話しながら、数年前の事なのにまるで幼馴染と再開したかのうに楽しく会話が弾んだ。
それなりにお酒も進み、口元が軽くなってきた時
太陽は気になっていた事を口に出した。
『随分稼いでそうだけど、仕事何してんの?』
『いや稼いではいないよ、仕事柄見え方も気にしなきゃいけなくてさ。今、夜やってるよ』
夜やってる?どう言う事だという顔をした太陽に牧野が続ける
『あ、夜職ね。』
太陽は目を見開き食い入るように聞いた
『え!?ホストって事?!』
牧野は軽いため息をして答えた
『違うわ、俺はキャバのボーイだよ』
『あぁ、そっちか』一気に興味のなさそうな表情をした太陽は続けて聞いた
『ぶっちゃけ、給料どうなの?』
『俺まだ新しい店に入って2ヶ月だから全然もらえないよ、33万くらいかな?』
『!?』
太陽は目が点になった。
自身は東京へ異動し、家賃補助と出張手当がついてやっと手取り23万円。だが牧野は2ヶ月で33万と発言した。
だがすぐ冷静になった。総支給で答えたのか。と。
総支給であれば太陽も28万程だったからである。
『2ヶ月で33万円か。まあ夜勤だろうし当然と言えば当然だね。じゃあ33万だと手取りって25とか?』
牧野はきょとんとした顔で
『え、手取りだよ。社保ないからねうちの店』
改めて目が点になりそうだったが、太陽の感情は悲しさと悔しさが溢れそうにもなっていた。
何故なら、牧野は大学を中退した。いわば高卒なのである。いや大学を中退したと言う事実は高卒よりも履歴書の見栄えが悪い。だがそんな牧野と10万円も給与が違うのだ。
一気に気分が落ち込み、無我夢中で昔話をしていたが
この飲みの席で初めて太陽は時計に目を向けた。
その時、急に牧野が立ち上がる
『ハナさん!お疲れ様です!』
振り返ると一部では流行りのフェードカットの短髪の男性と向かって座っているのは明るい髪色に露出度の高い服を着た女性だった。
『マッキー!なんでいるの!?』
驚きと嬉しさの混じったような甲高い声をした女性の顔をついジッと太陽は見てしまった。
だが、決して太陽は美しくてでも好きなタイプだったからでもない。明らかに見覚えがあったからである。
(あぁこの人今日カフェにいた人だ)
あや先輩がキャバ嬢と言っていた4人組のうちの1人だった。
どうやら牧野が働いているキャバクラのキャバ嬢だったようだった。
牧野は牧野がハナさんと呼んでいた女性の席へ挨拶に向かっていき5分程、フェードカットの男性を含めた3人で和気藹々と話をしていた。
すると小走りで、牧野が太陽の席に戻ってきた。
すると『ごめん、太陽。このまま同伴に持って行きたいから出勤まで付き合ってって言われちゃってさ。
ここの代金は俺が払っとくから今日はこれで解散しよう。俺もあっちに合流する事になりそうだから』
太陽はポカンとかした顔を浮かべながら
『勤務時間外に仕事か、やっぱ大変な仕事なんだな
わかった。今日は解散しよう。でもここの会計は俺も出すよ』
するとフェードカットの男性に肩をポンと叩かれ、顔を見上げると
『兄ちゃんごめんね!ちょっとマッキー借りるな!』
『借りるって、僕殴られるわけじゃないですよね?!笑』
と、一際明るく返答した牧野に、次は太陽にボソッと
『いや、今日はマジで俺が払う。その代わりまた飲もうな』
そう言って、向こうの席へ荷物を持って行ってしまった。
帰り、トボトボと寂しそうに歩く自分の影に
気づき立ち止まった。
すると牧野の発言が何度も何度も頭の中を駆け回っていた。2ヶ月目で33万円と言う事。
そして、あろうことか牧野は女性とあんなに親しく仲良さそうに話をしていた。仕事とは言え羨ましかった。
その日、眠りにつこうとしていた太陽はSNSで有名キャバ嬢の密着動画や給与事情の動画を手当たり次第見ていた。おそらく牧野が見栄を張って嘘をついていたんじゃないかと思ったからだ。
だが、むしろキャバクラのボーイはもっともらってる人の方が多いと調べていて知った。
太陽は今まで自分が頑張ってきた事はなんだったのか
考え、自分の頑張りは正しくて牧野は間違っている理由を何度も何度も考えたが、何一つ牧野は間違っておらず。むしほ自分の頑張りが正しいと思える証拠がない事になかなか寝付けなかった。




