第19.5話 『外伝 指揮区画 ― 止まった盤面』
戦術マップの上で、四つの色が止まっていた。
前線指揮官が、全ての回線を繋ぐ。
「全員、状況確認。参謀、MAP共有」
「承知しました。繋ぎます」
E:停止
F:外部遮断
C:正常
D:正常
通信を聞いた全員が画面を見る。
誰も、画面から目を離さない。
「E、再確認」
前線指揮官の声は低い。
「結果は」
『変わりません。信号系、応答なし。線路、車両、制御盤、すべて異常なしです』
「Fは」
『内部は通じています。外線のみ沈黙』
壊されていない。
奪われてもいない。
ただ、使えない。
「……参謀」
「CとDには、触れられていません」
参謀が、画面の緑を指す。
「守っているところだけ、残されている」
一拍。
『指揮官』
若い操縦士から通信が入る。
『高架下の二機です。あれを抜けば、Eまで届きます。今ならまだ——』
「届いて、何をする」
『奪還を』
「取られて無いものを、どう奪い返す」
操縦士が、言葉に詰まる。
「止まっているだけだ。取り戻す対象が、そもそもない」
『ですが、このままでは』
「このままでは、何だ」
指揮官は、声を荒げない。
「言ってみろ」
沈黙。
やがて、参謀が代わりに答えた。
「補給です」
全員が、共有された画面を見る。
「現残弾で、戦闘継続は二時間弱。Eが止まっている以上、補給は来ません」
「撃たれもせず、居るだけで削られている」
ベテランが、腕を組んだまま呟いた言葉が、そのまま通信に乗るり、参謀が答える。
『……時間は、向こうの味方か』
「そうなります」
若い操縦士が、食い下がる。
『なら、なおさら動くべきです。待てば待つほど不利になる』
「動いて、撃つのか。外周で見ただろう」
指揮官の視線が、わずかに鋭くなる。
「撃てば、市街地戦になる。あれは、撃てなかったんだ」
『……はい』
「撃たなかった。だから、守った」
一拍。
「その結果が、この盤面だ」
誰も、反論しない。
『撤退は、敗北です』
それでも、若い操縦士は言った。
責める声ではない。確かめる声だった。
「そうだな」
指揮官は、否定しなかった。
「だが、ここで押し切れば、別のものを失う」
『別の、もの』
「市街、市民の思いだ」
ベテランが、短く息を吐く。
『既に勝ち負けの話じゃない、ってことか』
「勝ち負けの話なら、もう終わっている」
指揮官は、戦術マップを見たまま続ける。
「これは攻撃じゃない。“守ったまま、動けなくする”形だ」
『……最初から、撃たせない形だった』
誰かが、小さく呟いた。
その声が、指揮区画に落ちる。
誰も、否定しなかった。
『——外周B、北東』
監視担当の声が、静寂を割る。
『AHU、配置変化します』
画面が切り替わる。
高架下の機体が、わずかに下がる。
交差点の角度が、開く。
「封鎖解除か」
『いえ——』
監視担当は、言い切った。
『出られます』
誰も、すぐには動かない。
「罠の可能性は」
「あります。誘導の可能性も」
指揮官の質問に参謀が答える。
「ですが、照準が来ていません。追撃の兆候もなし。圧も、戻っていません」
指揮官は、一度だけ目を閉じた。
開いたとき、迷いは消えていた。
「——撤退準備」
声は低い。
「順序維持。市民動線と分離。北東区画より離脱」
『……はい』
若い操縦士の返事は、わずかに遅れた。
それでも、異論は出なかった。
「殿は私が決める。全機、背中を見せることを恐れるな」
『撃たれませんか』
「撃たれない」
断言だった。
「撃つ気なら、出口は開けない」
SHUが、動き出す。
隊列は崩れない。
背中を向けても、撃たれない。
『……不思議ですね』
若い操縦士が言う。
『負けたのに』
負けたという一言に、ベテランが返す。
『違う。負けてない』
一拍。
『終わっただけだ』
外周【B】へ。
誰も倒れていない。市街地も、壊れていない。
「胸を張れ。市街地を守ったんだ。これは敗走では無い。守りきった街を、堂々と出るぞ」
街は止まっただけで、破壊されていない。
戦闘が終わった。ただ、それだけだった。




