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世界が落ちる前に ~勇者が魔王と戦っている裏で、異世界がバグらないようにひとりで回してます。なお前任の神は辞めたそうです~  作者: あべのちょふ


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第11話「鳴り止まない警報」

 その朝、管理層が鳴っていた。


 アラートの音——というより、感触だ。管理層には音はない。でも、ダッシュボードに積み重なる赤い数字の量が、音のように感じられるときがある。


 未処理アラート:187件。


 昨夜寝る前(といっても管理人にまともな睡眠があるかどうかはわからないが、定期的に意識を落として再起動するような間隔がある)の時点では42件だった。一晩で4倍以上に増えていた。


「ノード」


「は、はい」 珍しく慌てた声だった。「えーと、わたしも今気づいて……」


「わかってる。全件見せてくれ」


 ウィンドウを開いた。アラートが流れてくる。流れてくる。流れてくる。


 ダンジョン構造の微細な亀裂検知。農業ログの同期遅延(昨日の実験の後遺症か?)。交易路の接続断。魔物の行動パターンの軽微な変容。水源の水位低下。気象データの異常値。スキル発動の微妙なレスポンス遅延。経験値バッチの処理時間増加——


「カルク」 俺はそちらに向けて呼びかけた。


「はい!」 答えが早かった。明らかに待ち構えていた。「経験値バッチの処理時間です! 今朝は昨日より45秒伸びました! ズレも0.0041になっています、広がっています、やはりこれは——」


「カルク、今じゃない」


「……えっ」


「今は全体を見ている。後で必ず確認する」


「…………はい」


 カルクが引き下がった。悪いが、今は一件一件に対応している状況じゃない。


 問題は、数ではなかった。正確には、数だけが問題ではなかった。


 187件のアラートが、すべて同じ重さで並んでいる。水源の水位低下と、農業ログの同期遅延と、魔物の行動パターン変容が、横に並んで同じ大きさで主張している。どれが今すぐ対処すべき問題で、どれが見ておけばいい問題で、どれが放置していい問題か——見た目では区別がつかない。


 大事な情報が、どうでもいい情報に埋もれている。全部が同じ音量で鳴り続けると、どれが本当に重要なのかわからなくなる。


 これは数の問題ではなく、仕分けの問題だ。


 前の世界では、こういう状態を「アラートが機能していない」と言っていた。アラートは「異常が起きた」と知らせるためにある。でも、全部が同じ大きさで鳴り続けると、どれかが鳴っても気にならなくなる。「オオカミが来たぞ」と叫び続ける羊飼いの話と同じだ——本当にオオカミが来たとき、誰も反応しなくなる。


「ノード、まず仕分けをする。手伝ってくれ」


「……わかりました。どう仕分けますか」


「三段階だ。今すぐ動かないと住人が死ぬもの、数時間以内に対処が必要なもの、一日以内に確認すればいいもの。それだけでいい。細かい優先順位は後でつける」


 ノードが少し黙った。「えーと……187件を、全部ですか」


「全部だ。一緒にやる」


          * * *


 勇者パーティが南部の町を出発したのは早朝だった。


 リーゼルは馬に乗りながら、ずっと鈴を握っていた。祈りの杖の先端についている小さな鈴。普段は祈りのときだけ鳴る。神様のお声が届くときに、静かに一度だけ響く。


 今日の朝から、それが不規則に鳴り続けていた。


 ちりん、と鳴る。少し間を置いて、またちりん。それから立て続けに三回。少し止まってから、また二回——


「リーゼル、大丈夫か?」


 前を歩くカイルが振り返った。大柄な盾使いだ。


「あたしは大丈夫なんだけど……」 リーゼルは鈴を見た。「鈴がずっと鳴ってて。なんか、うるさいっていうか……意味がわからなくて」


「神託じゃないのか」


「神託は来てるんだと思う。でも、多すぎて。一個一個が何を言いたいのかわからないくらい、続いてるから……」


 アリアが馬を寄せてきた。「最近そういうことが多いよね。ここ数日」


「うん。昨日も一昨日も。なんか、神様がざわざわしてるみたいな感じがして」


 ちりん、とまた鳴った。


「……うるさいなぁ」


 リーゼルが鈴に向かってつぶやいた。「神様、一個ずつ言ってくれないと、あたしには全部受け取れないよ」


 鈴は聞かなかった。ちりちりちりん、と続けた。


          * * *


 仕分けに二時間かかった。


 187件のうち、今すぐ対処が必要なのは7件だった。数時間以内が31件。残りの149件は「一日以内に確認すればいい」か、あるいは「記録だけして放置していい」に分類された。


 7件から手をつけた。ほとんどはすでに自然に回復していた。残り2件——水源の水位低下と、ダンジョン構造の亀裂検知——は継続監視にした。深刻な変化ではなく、継続して見ていけばいいレベルだ。


 処理が終わって、俺はダッシュボードを眺めた。


「これで少しマシになった」


「……えーと、7件は対処しましたが、残りの180件はまだあります」


「知ってる。でも、重要なものが埋もれなくなった。それが大事だ」


 前の世界でやっていたのも、この作業だった。アラートが増えすぎたとき、まず仕分けをして、ノイズを削減して、本当に見るべきものだけを見えるようにする。全部を同時に解決することは最初から目指さない——それはできない。できることは、「何が重要かを見えるようにする」ことだ。


 前の世界ではそれを、アラートの調整と呼んでいた。


 ただ——今日気になることが、もう一つあった。


「ノード、149件のうち——一週間以内に新規で発生したものだけ抽出できるか。古いアラートは除外して」


「試みます」


 少し待った。ウィンドウに新しいリストが浮かんだ。93件。一週間以内に新規で発生したアラートだ。


「この93件に、発生場所の座標情報をつけてくれ」


「……座標ですか?」


「地図と重ねたい」


          * * *


 地図が浮かんだ。


 大陸の輪郭。中央の王都、四方に伸びる街道、北の山脈、南の平原。


 そこに、93件のアラートの発生地点がプロットされた。点として。


 俺はその分布を眺めた。


 ……ランダムではない。


 点は、大陸全体にばらけているわけではなかった。密度が高い場所と低い場所がある。特に北東方向——密度が明らかに高かった。


「ノード、この分布の重心を計算してくれ。一番密度が高い場所はどこになる」


「計算します」


 数秒後、地図の上に一点が浮かんだ。


 俺はその座標を見た。


 知っている場所だった。


「……魔王の城」


「……はい。座標的には、その方角です」


 声に出してしまってから、俺は少し止まった。


 劣化はランダムに起きているわけじゃない。何か一つの方向から広がっている。一件一件は別々のアラートに見えていた。水位低下、亀裂、農業ログの遅延——無関係に見えていた。でも、地図に重ねると、それらが一つの場所を中心に分布していた。


 劣化にはパターンがある。


 ランダムに壊れているのではなく、何か一つの中心から、同心円状に広がっている。前の世界で言えば、アラートの傾向を分析することで根本原因の方向を絞り込む作業に近い。


 先日、セレスが報告してきた。「魔王の城周辺の機能劣化速度が他地域の3倍」。あのとき俺は「データとして把握した」だけだった。でも今、同じ方向を別のデータセットが指している。


「ノード、過去一ヶ月のアラートも同じ分析にかけてくれ。パターンが変化しているか確認したい」


「……わかりました。少し時間がかかります」


「待つ」


 俺はその間、座標を眺めていた。


 魔王の城。この世界の「存続判定」を行うプロセスがいる場所。俺はそれを、前の世界で言うところの「定期的に世界が機能しているかを確かめる処理」だと理解していた。魔王は世界の終わりをもたらす存在ではなく、世界の状態を測定する存在だ。


 でも、その城の周辺から劣化が広がっているとしたら——


 原因はまだわからない。仮説にもなっていない。ただ、無視はできない。


          * * *


 夕方の神殿でリーゼルは祈っていた。


 今日一日、鈴は鳴り続けた。数えるのをやめたが、百回は超えていたと思う。神託がこんなに続いたのは初めてだった。


 一個一個は小さかった。「北の川が」「東の森で」「南の畑が」——断片が来ては次が来て、繋がりが見えないまま流れていった。祈りの間に全部受け取ろうとしたが、途中から追いつかなくなった。


 でも——


 一つだけ、はっきり聞こえたものがあった。


 「東北の方角から、何かが来ている」


 その一文だけが、妙にくっきりしていた。


「……あのね、さっき神様がね」 リーゼルは、傍らに座っているフィオナに話しかけた。「東北の方角から何かが来てるって」


「東北……」 フィオナが眉を寄せた。「それ、魔王の城の方角よ」


「うん」 リーゼルが頷いた。「そう思った」


 二人は少しの間、黙っていた。


「神様が教えてくれているのかな」 リーゼルが静かに言った。「危ないって」


「論理的に考えると、偶然とは思えませんわね」 フィオナが静かに答えた。「観測の数が足りないから断言はできないけど——」 そう言いながら、覚書を取り出した。最近の魔法実験の記録が並んでいる。「北東方向の野で術式を組んだとき、魔力の通りが30%悪かったわ。書き留めてはあるけど、原因がずっとわからなくて」


 東北の方角から、何かが来ている。


          * * *


 ノードから分析結果が届いたのは、夜になってからだった。


「えーと……過去一ヶ月のデータです」


 地図に、時系列のデータが重なった。


 一ヶ月前——アラートの発生は大陸全体にある程度ばらけていた。


 二週間前——北東方向への集中が始まっている。


 一週間前——さらに密度が増した。


 現在——顕著だ。北東を中心に、同心円状に広がっている。


 ゆっくりと、しかし確実に、何かが広がっていた。


「……進んでいる」


「はい。速度も計算してみたんですが」 ノードが少し躊躇してから続けた。「このペースで広がると、一ヶ月後には大陸の半分に達する可能性があります」


 俺は少し黙った。


 一ヶ月。長いようで短い。この世界の劣化は「いつか起きること」ではなく、すでに起きていることの進行形だ。


「わかった。記録しておいてくれ」


「……対処しないんですか」


「する。でも今日わかったのは、「どこから来ているか」だ。「なぜそこから来ているか」がわかってから手を打つ。わからないまま動いても、根本に届かない」


 ノードがしばらく黙っていた。


「……わかりました」


 俺はダッシュボードのアラートリストを見た。朝の187件から、対処済みと記録済みを合わせて整理した結果、今の未処理件数は41件だ。まだ多いが、重要なものは見えている。その中に、「魔王城周辺の劣化継続中」という一件を新たに加えた。


 重要度:高。原因:調査中。


 それから、カルクへの確認も済ませた。経験値バッチの処理時間は昨日より45秒増、ズレは0.0041。広がっている。原因はバッチ処理の負荷増大だと推定したが、根本原因はまだわからない。こちらも「監視継続」のステータスにした。


「まずはログを見よう」


 独り言を言いながら、ウィンドウを開いた。魔王の城周辺の過去ログを遡るのは、今夜から始める。


お読みいただきありがとうございます。


【今回のIT用語】

アラートチューニング:アラートが多すぎると、重要な通知がノイズに埋もれてしまう「アラート疲れ」が起きます。対策として、アラートを重要度別に仕分けして、本当に今すぐ対処すべきものだけを目立たせるのがアラートチューニングです。全部を解決しようとするのではなく、「何が重要かを見えるようにする」ことが最初のステップです。リーゼルの鈴が「一個一個の意味がわからないくらい続く」状態は、まさにアラートファティーグの描写です。


パターン検出:バラバラに見えるアラートを地図や時系列に重ねて整理すると、「実は一つの場所から広がっている」という構造が見えることがあります。悠真が九十三件のアラートに座標をつけて地図に重ねたのが、この手法です。ランダムに見えていた問題が、一つの中心を持つパターンだと判明したとき——次に調べるべき場所がわかります。


次話「魔法が消えていく世界」もよろしくお願いします。

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