第2章 異能【3】
美しい庭園に出ると、それまでの緊張が解れるようで、胸中を支配していた不安感が薄れていくようだった。何も言わずに寄り添ってくれるデラとエイカーの存在がありがたく、いつも通り花壇のあいだに座って花を眺めた。ミィはイテルのそばに座り、大きくあくびをする。
(異能って何?)
イテルは実家にいた頃、ただひたすら勉強をした。その中で「異能」のことは知識としてはあるが、その実、それがどういったものかはわかっていなかった。鑑定を受けてもなお、それが何を示すのかがわからない。
『特異体質のようなものだ』
(なんのために異能を持って生まれるの?)
『人間には、神の思し召しとしか言えない。理由は誰にもわからないのだよ』
ミィは落ち着いている。イテルの鑑定結果を聞いても態度を変えることはない。いつも通りのミィがイテルに安心感を与えていた。
『人間の進化に必要な過程だともされている』
(でも……僕の右手は、人の生命力を奪うんでしょう?)
『それも人間の進化に必要なのだろうな』
(人間は進化したらどうなるの?)
『どうなるだろうなあ。私は猫だからな』
ミィはひとつ伸びをする。こう見るとただの猫にしか見えないが、この世界のことをイテルよりよく知っているのだろう。勉強だけでは知り得ないこともある。きっとミィはなんでも知っているのだろう、とそんな気がした。
そのとき、背後で重い金属音が聞こえた。途端、デラが厳しい声で言う。
「あなたたち! ここは神官以外、立ち入り禁止ですよ!」
初めて聞いたデラの声に振り向くと、三人の騎士の姿があった。騎士たちは気まずそうな顔をしている。
「申し訳ない」先頭の青髪の騎士が言う。「急いでいるので通り抜けさせてもらいたかったんです」
「公爵家の騎士が規約を守らないでどうするんスか」
呆れて言うエイカーに、先頭の男性はまた申し訳なさそうにしながら頭をかいた。
騎士たちを観察したイテルは、不意に不思議な感覚になって騎士たちを見た。
(ミィ、後ろにいる人、体調が悪そう)
なぜかそんな気がした。その表情からそれを感じることはないのに、なぜかそう思ったのだ。
『どの者だ?』
ミィの問いに、イテルは一番後ろにいる金髪の騎士を指差した。それを見て、その場にいた全員がイテルを振り向く。
「イテル様、どうなさったのですか? あの騎士が気になるのですか?」
不思議そうに首を傾げるデラに、イテルは小さく頷く。青髪の騎士ともうひとりの茶髪の騎士が、後ろにいる金髪の騎士に視線を遣った。金髪の騎士は驚いた様子で、窺うようにイテルを見遣った。
「おや、通り抜けが見つかってしまったか」
穏やかな声に振り向く。いつもの朗らかな笑みを湛えながらレイシーが庭園に出て来ていた。その口振りから、騎士たちがここを通り抜けに使っていたことを以前から知っているらしい。
「ご存知だったのですか?」
デラが少し不審な表情で問いかける。レイシーはあくまで笑みを崩さないまま頷く。
「ここは訓練場への近道だからね。私しかいないから見逃していたんだよ」
なるほど、とイテルは心の中で独り言つ。本来、この庭園に騎士が入ることは許されない。神殿で暮らすのがレイシーだけであるため、見咎める必要がなかった。騎士たちはイテルがこの神殿に来たことを知らなかったのだ。
「それで、イテルはどうしたんだい」
中途半端に腕を上げたままのイテルを見て、レイシーは優しく微笑む。
『フレデリクの体調が悪そうなのだそうだ』
ミィが代わりに応える。イテルが、体調が悪そうだ、と気付いた金髪の騎士はフレデリクと言うらしい。
「ふむ。フレデリク、体調不良を隠しているね」
穏やかに言うレイシーに、青髪の騎士と茶髪の騎士がフレデリクを振り向いた。フレデリクは目を丸くしたあと、たはは、と誤魔化すように笑って頬をかく。
「フレデリク、どうして黙っていた」
金髪の騎士が厳しい声で言う。フレデリクは困ったように笑いながら、勘弁してくれ、と言うように肩をすくめた。
「大したことないので、特に休む必要はないかと思いまして……」
「それで悪化したらどうする。体調管理も騎士の務めだぞ」
「はい……」
小さくなるフレデリクに、くす、とレイシーが小さく笑う。この騎士たちはレイシーと親しいらしい。
「せっかくだから、紹介しておこう。先頭にいるのが小隊長のスタイナー」
レイシーの言葉に応えるように、青髪の騎士が辞儀をする。つり上がった眉が厳しそうな印象を与えるが、その辞儀は優雅なものであった。
「その後ろが副長のセオ」
茶髪の騎士が辞儀をする。穏やかな顔付きで、鎧を身に着けていなければ騎士だとわからなかったかもしれない。
「体調が悪いのがフレデリクだ」
フレデリクは少し居心地が悪いような表情で辞儀をする。厳しく叱られることはないだろうが、早めに休めるといいのだが、とイテルは考えていた。
「イテルは癒しの手に付随して他人の体調不良を見抜けるようだね」
優しく微笑むレイシーに、イテルは手袋に包まれた自分の左手を見る。レイシーの鑑定で癒しの力を持つ手だと判明したが、離れているのに体調が悪いことを見抜けるのは、イテルにとって不思議だった。
「早めに詰め所に帰るといい」と、レイシー。「それと、イテルの対人耐性を上げるため、積極的に通り抜けするように」
スタイナーが辞儀をするのに続き、セオとフレデリクも軽く頭を下げる。イテルはこの神殿に来てからまたデラとエイカーとしか会っていない。他の者がここを通ればイテルも会うことになる。イテルが他人との関係を構築するにはちょうどいい練習になるだろう。
「さあ、マダム・グランドが来たよ。採寸に行こう」
レイシーがイテルの背に手を添えて促す。先ほどレイシーが鳥を飛ばした人物が、イテルの手袋を作るために訪れたのだ。どんな人物なのかわからず、イテルは緊張して肩に力が入る。だが、レイシーがイテルのために呼んだのだから、きっと優しい人物なのだろう。イテルはその点においてレイシーを信用していた。




