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Episode:08

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

 ベオルの傷が癒え、病院を後にしたあと――二人はジャックの相談所に戻っていた。

 静かな部屋の窓から柔らかな光が差し込む。


 ジャックはそっとティーカップを取り出し、紅茶を注ぐ。湯気が立ち上り、甘くほろ苦い香りが部屋を満たす。

 静かにカップをベオルの前に置くと、ベオルは指先で取っ手を確かめ、爪で器用に掴んだ。

 一口、ゆっくりと紅茶を含む。


 熱さに唇を少し震わせながらも、ベオルは目を細め、深く息を吐いた。

 紅茶の温かさが、わずかな安心と共に心の奥まで沁み渡る。


 ジャックはその様子を静かに見守りながら、自分のカップに手を伸ばした。

 沈黙の中、紅茶の香りだけが二人を包んでいた。


「それで……」


 その沈黙を破ったのは、ベオルだった。

 柔らかい声だが、決意を帯びている。


「お前は、どうするつもりだ?」

「どうする、とは?」

「俺は教会に乗り込んで、アリスを助けに行く。お前は無関係のはずだ……ここで手を引くつもりなら、それも選択肢だろうが……」


 屈強な外見に反して、ベオルの言葉には内面の優しさが滲んでいた。

 誰かを想い、守ろうとする強さが、彼の瞳に確かな光を宿している。


「……ふふっ、気遣いありがとうございます、Mr.ベオル」


 ランタンは微かに笑みを浮かべ、紅茶のカップをそっとテーブルに戻した。

 その動作は優雅で、だがその指先には確かな決意が宿っていた。


「ですが――もう私は“無関係”ではいられません」


 彼は視線を落とし、カップの中に揺れる自分の顔を見つめた。

 淡く滲む灯りが液面に踊り、静寂の中でその瞳だけが鋭く光る。


「あの子は……泣いていました。紳士として、泣いているレディを見捨てるなんて――できるはずがないでしょう?」


 穏やかに微笑むその声には、確かな覚悟が滲んでいた。

 紅茶の香りが漂う中、ジャックの言葉が一つひとつ、重く響く。


 ベオルはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。

 その瞳の奥には、長く押し込めていた記憶の影が揺れている。


「……あぁ、話すよ。俺たちが――あの地獄にいた理由を」


 部屋の明かりが二人の間に落ちる。

 ティーカップの中の紅茶が、まるで血のように赤く見えた。


 日が、少しずつ深く沈んでいく。

「俺は――元奴隷だ」


 ベオルの低い声が、紅茶の香りに溶けていくように響いた。

 その一言に、空気がわずかに張り詰める。

 ジャックは黙って耳を傾け、カップを置いたまま微動だにしない。


「奴隷だった俺は、エヴァンの野郎に“買われた”。教会の護衛って名目だったが、実際は便利な使い走りさ」


 ベオルは苦笑し、片手で自分の首筋をさする。そこにはかつての拘束痕が薄く残っていた。


「だがな……護衛の仕事の中で、一番まともだったのが――孤児たちの世話だった」


 瞳が一瞬、やわらぐ。

 その中に浮かぶのは、誰かを想うような優しい光。


「アリスもその中の一人だった。あの子は、人見知りで……いつも隅のベンチで本を読んでた。他のガキどもが騒いでても、決して輪の中に入らねぇ。でも、不思議と俺のそばにはよく来てたんだ」


 ベオルは遠くを見るように目を細めた。

 記憶の中にある、静かな午後の光景。小さな少女が、自分の尻尾を掴んで笑っていた日のことを思い出す。


「……あの時は、ただ守りたかった。それだけだった」


 彼の声が低く震える。

 過去の鎖はとっくに外れたはずなのに、その言葉の一つひとつが今も彼を縛っていた。


 ジャックは静かに頷き、わずかに紅茶を口に含む。

 その目には同情ではなく――理解と敬意の色が宿っていた。


「……なるほど。つまり、貴方とMiss.アリスは“主従”ではなく、“家族”のような関係だったのですね」


 ベオルは短く笑った。

「家族、ね。……そう言ってもらえるなら、少しは報われるかもな」


 だがその笑みの奥には、まだ語られていない“影”が潜んでいた。


「だが、そんな小さな幸せも……砕け散ったんだ」


 声が低く、重く沈む。

 その瞬間、紅茶の香りさえ遠のいたように、部屋の空気が冷え込んだ。


「……あの光景を、見ちまうまではな」


 ベオルの拳が震える。

 その震えは怒りなのか、後悔なのか、あるいは恐怖なのか――本人にも分からない。


「ある日の深夜だった。いつも通り、教会の警備の見回りをしてたんだ。

 そしたら、ひとりのガキが駆け寄ってきて『アリスがいない』って言いやがった」


 ジャックは息を呑む。

 ベオルはそれに構わず、噛みしめるように言葉を続けた。


「嫌な予感がした。胸がざわついて、すぐに探しに回った。教会中をくまなく、隅から隅まで――まるで悪夢の中を歩くみてぇにな」


 一瞬、ベオルの視線が宙を泳ぐ。

 まるで、そのときの闇を今も見ているかのようだった。


「……そして、見ちまったんだ」


 その言葉とともに、ベオルの手が無意識に拳を握る。

 骨が軋む音が静寂に響いた。


「エヴァンの野郎が――眠ってるアリスに、何かの“改造手術”をしてやがった。あの野郎……あの子を、モルモットにしやがったんだ……!」


 声が震え、牙のような怒気が滲む。


「……俺は、気がついたら叫んでた。――止めようとしたシスターたちを振り切って、アリスを抱えて……教会を飛び出していた」


 ベオルの声は震えていたが、その奥には消えない怒りが宿っていた。

 彼の拳からは、今にも血が滲みそうなほど力がこもっている。


「その後は……アンタがよく知ってるはずだ」


 静寂。

 その言葉が落ちると、部屋の空気がわずかに沈んだ。


「――なるほど」


 ジャックは小さく息を吐き、ティーカップをそっと置いた。

 紅茶の表面が、微かに波打っている。


「だから、あのような場所で倒れていたわけですね」


 右手の義手を顎に当て、ジャックは考え込むように目を細める。

 その瞳は、獣医のような優しさと、戦士としての冷静さを同時に宿していた。


「Miss.アリス……確かに、彼女の身体には“改造”の痕跡がありました」

「……あぁ……そうだ」

「えぇ。ただし――普通の改造者ではありません。おそらく、“魔改造者”に分類されるレベルでしょう」


 ベオルの耳がピクリと動く。


「ま、魔改造者だと……? だが、アリスは……あんな小さな子が、戦うために作られたなんて――」

「そこなんです」


 ジャックの声が少しだけ低くなる。

 鋭い光を帯びた視線が、まっすぐベオルを射抜く。


「彼女の身体には、戦闘用の武装が一切ありませんでした。刃も、重火器の接合部も、筋肉増強の痕もない。通常の強化型ではありえない設計です」


「……なら、何を施されたんだ?」


 ベオルの問いは、怒りと恐怖の入り混じった声だった。


 ジャックは少しの間、言葉を探すように沈黙し――やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……“兵器”ではなく、“鍵”です」


「鍵……?」


「えぇ。ブリュンヒルデ教会がやろうとしている“何か”を起動させるための……“生体鍵”の可能性があります」


 その言葉が落ちた瞬間、室内の空気が重く軋んだ。

 ベオルの喉が、ごくりと音を立てて鳴る。


「アリスが……“鍵”だってのか……?」


「鍵だからこそ、抹殺せずに“回収”した――辻褄は合いますね」


 ジャックは紅茶を飲み干すと、静かにカップを置いた。

 その動作一つすら無駄がなく、義手の指が金属音を立ててテーブルの縁を叩く。


 次の瞬間、彼は椅子を押しのけて立ち上がった。

 義足の駆動音が小さく唸り、コートの裾が揺れる。


「――行きましょうか、Mr.ベオル」


 ベオルは目を細める。

 ジャックの背中から漂うのは、いつもの静かな探偵の気配ではなく、戦場へ赴く兵士のそれだった。


「行くって……どこにだ?」


 問いかけに、ジャックは振り返らず答える。


「まずは情報収集です。ブリュンヒルデ教会に正面から踏み込むには、まだ材料が足りません」


 義手の指先が、ポケットの中で小型端末を弾く。

 青白いホログラムが宙に浮かび、教会の外郭データと監視ルートが立体的に展開された。


「草壁警部が言っていた“監視”――あれは我々の動きを封じるためのものです。正面から動けば即座にマークされる。だから、まずは“影”から潜ります」


  ジャックの声は静かだったが、その奥に潜む決意は硬質な刃のようだった。


 ベオルは短く息を吐き、重い椅子をきしませながら立ち上がる。

 ジャックの後を追って裏口を出ると、そこには――今にも息絶えそうな、小さなレトロ車が一台、ぽつんと佇んでいた。


「……なんだ、このオンボロ車は?」

「私の愛車ですよ。数百年前のクラシックカーですが、私同様に――少々、魔改造されてます」


「魔改造者ジョークか?」

「半分は本気です」


 ジャックは淡々とドアを開け、運転席へ滑り込む。

 ベオルも巨体を縮めるようにして乗り込んだが、天井に頭が当たってわずかに舌打ちを漏らした。


「……で、“潜る”ってのはどうやってやるつもりだ?」

「裏からです。教会の“寄付金ルート”を辿ります」


 エンジンが低く唸りを上げ、黒煙を吐きながら動き出す。

 ジャックはバックミラー越しにベオルを一瞥し、唇の端をわずかに歪めた。


「金の流れは、信仰より正直ですからね」


その声には、皮肉と――魔改造者としての冷徹さが同居していた。 外の街灯がフロントガラスを流れ、彼の義眼に青白い光を反射させる。


 夜の街へと溶けていくエンジン音だけが、これから始まる“潜入”の予兆を告げていた。


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