Episode:07
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
「っ……!」
意識が泡のように浮上する。
ベオルが目を開けると、そこには無機質な白い天井があった。
蛍光灯の光が滲んで見える。消毒液と機械油の匂いが鼻を刺した。
反射的に体を起こそうとした瞬間――
激痛が肩を突き抜け、思わず歯を食いしばる。
「無理に起き上がらないほうがいいですよ、Mr.ベオル」
低く落ち着いた声。
振り向くと、ジャックがベッドの横で機械の義手を器用に動かし、リンゴの皮を薄く剥いていた。
その手の動きは滑らかで、まるで古い職人のようだった。
「お前は……」
「えぇ、運良く生き延びました。もっとも、私も貴方も見事にしてやられましたけどね」
ベオルの眉が跳ね上がる。
「――アリスは!? アリスはどうなった!」
彼は点滴や管を引きちぎらんばかりの勢いで立ち上がろうとする。
だが、ジャックが即座に手を伸ばし、押しとどめた。
「落ち着いてください。まだ縫合したばかりです」
義手の指先が軽やかに動き、リンゴを一つ差し出す。
器用に削られたその実は、ウサギの形をしていた。
「Miss.アリスは――おそらく無事です」
「……おそらく?」
「えぇ。もし向こうの目的が“抹殺”なら、あの場で殺しているはずです。わざわざ誘拐する理由がある」
ジャックの目が光を映す。
金属製の瞳孔が一瞬だけ収束し、冷たい確信を宿す。
「つまり、“生かす必要がある”ということです」
ベオルは歯を食いしばり、拳を握りしめた。
包帯の隙間から滲んだ血が、シーツを汚す。
「……クソッ!」
拳がベッドの手すりを叩く。
金属の鈍い音が、静まり返った医療室に響いた。
呼吸が荒い。胸の奥で焦燥と苛立ちが混ざり合っている。
「というか、ここは……どこだ?」
「ここは警察が保有している医療施設ですよ」
淡々と答えるジャックの声には、どこか他人事のような響きがあった。
彼は椅子に腰をかけたまま、義手の指先でリンゴをつまみ、光にかざしていた。
「警察だぁ? あのクソどもが?」
「えぇ。あの騒ぎで部隊が出動したようです。気を失っていた私とMr.ベオルは、そのまま“保護”された――というわけです」
ベオルは舌打ちをし、顔をしかめた。
「保護」という言葉の裏にある含みを、嫌というほど知っている。
「チッ……なんで警察がそんなお節介を焼く?」
そう言うと、ジャックは静かに右手を持ち上げた。
義手の甲に刻まれたコードが、青白く光を放つ。
まるで生体認証のように、淡い光が彼の金属の肌を照らしていた。
「私が“登録済みの魔改造者”だからですよ。公的管理下、というやつです」
「なに……?」
ベオルは目を見開いた。
彼の瞳が、義手の甲の発光をまじまじと捉える。
「Mr.ベオルが眠っている間に改造者犯罪対策科の刑事と、今後について話してきました」
○
病院内――とはいえ、ここは普通の病院ではない。
警察直属の医療施設。負傷した犯罪者や改造者を「治療しながら尋問する」ための、特殊な区画だ。
その一角に設けられた小さな取調室。
消毒薬と機械油の混ざった匂いが鼻を刺す。壁は無機質な灰色、天井には監視カメラが二つ。
金属製のテーブルには傷跡がいくつも走っており、過去にどんなやり取りがあったのかを物語っていた。
ジャックは無骨なパイプ椅子に座らされていた。背筋を伸ばしたまま、義手の指先で机を軽く叩く。
対面に座る男――改造者犯罪対策科の草壁十蔵は、片肘をつきながら気だるげにタバコを吹かしていた。
煙がゆっくりと立ち上り、蛍光灯の光を歪ませる。
「目ぇ覚めたか、カボチャ野郎」
くぐもった声。
その口調には、眠気と倦怠、そして僅かな苛立ちが混じっていた。
「……取調室、ですか。ずいぶんと手厚い扱いですね」
ジャックの皮肉めいた言葉に、草壁は鼻で笑った。
「手厚い? あぁ、そう思うなら結構だ。お前みたいな“登録済み”の改造者が現場でぶっ倒れてりゃ、そりゃあ報告書の山が増えるってもんだ……ったく、こっちの残業が増えるばかりだ」
「官僚仕事の苦労話を聞きに来たわけじゃありません」
ジャックの声音は冷ややかだった。
草壁は煙を吐きながら、視線だけをこちらに投げる。
「……で? 何があった」
ジャックの指先がぴくりと動いた。
だが彼はすぐに表情を取り戻し、静かに息を吐く。
「……報告は、すでに提出しました。仕事の一環ですよ」
「“報告”と“真実”は別物だろうが」
草壁の目が細まる。
冷たい灰色の瞳が、まるで機械のセンサーのようにジャックを射抜いていた。
その瞬間――
ジャックの脳内に、一通の秘匿メッセージが受信される。
『この会話は外部に筒抜けだ』
電子音のような淡々とした文面。
だが、ジャックにはそれだけで十分だった。
発信者は――草壁。
(……なるほど、“報告”と“真実”は別ですか……)
「ブリュンヒルデ教会には裏があります。調べてもらうことはできませんか?」
「ブリュンヒルデ教会だぁ?」
草壁が眉をひそめる。
ジャックは秘匿通信を意識しながら、会話を続けた。
「なんで、あの慈善団体が出てくるんだ?」
問いの直後、再びメッセージが頭に響く。
『ブリュンヒルデ教会は孤児院を装っているが、その裏で孤児を魔改造者にする人体実験を行っている疑いがある』
草壁は口を動かす。
「今回の件とブリュンヒルデ教会は無関係だ。お前たちが戦ったのはただの半グレ連中、それだけだ」
「…………警察は、そう判断したんですね?」
「あぁ、そうだ」
そして三度、秘匿メッセージが流れた。
『ブリュンヒルデ教会と警察上層部は繋がっている。決定的な証拠が出ない限り、検挙は無理だ』
ジャックは息を整える。
そして静かに呟く。
「分かりました。私もそれで納得します」
「あぁ、そうしてくれ」
草壁は肩の力を抜き、ゆっくりと立ち上がった。
ジャックもそれに合わせ、取調室から足を踏み出す。
「あぁ、それと――獣人のあんちゃんの方だが、回復次第、帰ってもらって構わない」
草壁が呑気に手を振ったその瞬間、最後の秘匿メッセージがジャックに届く。
文面を確認すると、ジャックの瞳孔がほんの僅かに光った。
『お前たちは教会に監視されている。下手な真似はするなよ』
ジャックは胸の奥でひりつく感覚を覚えた。
情報を漏らしている自分を知りながらも、協力してくれる草壁の姿。
思わず、声に出して感謝しそうになり、かろうじて心の中で抑えた。
(……ありがとうございます、草壁警部)
胸の奥で静かに感謝を刻み、ジャックは取調室を後にした。
廊下の蛍光灯が、彼の影を長く伸ばしていた。
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