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GENTLEMAN O~紳士な魔改造者は、今日も街の闇に灯りをともす~  作者: 七倉八城
エピローグ:【灯りは、消えずに】
33/33

Episode:32

このストーリもこれで完結です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

 事件の全貌が白日の下に晒されるまで、そう時間はかからなかった。


 エヴァン神父――否。

 その敬虔な仮面の奥に潜んでいた男、難波六宗の悪行は、もはや隠し通せるものではなかった。


 違法な人体改造。

 孤児の拉致と監禁。

 宗教の名を借りた資金洗浄と人身売買。

 そして禁忌の技術、《エリーニュス》。


 積み重ねられた証拠の山は、彼が築き上げた“聖職者”という偶像を、無慈悲なまでに打ち砕いた。


 ブリュンヒルデ教会は、信仰の場などではなかった。

 それはただ一人の狂った研究者が、神を騙り、自身の欲望を正当化するための――歪んだ研究室だったのだ。


 事実が公になると同時に、教会は即日解散。

 事件の根幹を成していた禁忌の技術――《エリーニュス》の使用および製造は、緊急法案として可決され、全面的に禁止された。


 研究資料は押収され、関連施設はすべて封鎖。

 同様の技術が再び闇に芽吹かぬよう、厳重な監視体制が敷かれることとなった。


 研究材料として教会に匿われていた孤児たちは、警察の手によって無事に保護された。

 今はそれぞれ別の施設へと引き取られ、新たな生活を始めている。


 怯えきった目で世界を見ていた子供たちにも、

 ようやく“朝”が訪れたのだ。


 さらに、裏で賄賂を受け取り事件を黙認していた警察上層部も、芋づる式に摘発。

 長年、街を覆っていた腐臭は、一気に表へと引きずり出された。


 街は一時的な混乱に包まれたが――

 それでも秩序は、かろうじて保たれていた。


「この歳で過労死は勘弁してほしいんだがね……」


 山のような書類に囲まれながら、草壁がぼやく程度には。


 だが、それは決して悲劇ではない。

 溜まりきった膿が、ようやく排出されただけの話だ。


 痛みを伴う浄化ではあったが――

 それでも街は、確実に前へ進んでいた。


 ――そして今、この街は。

 確かに、“生まれ変わろう”としていた。









 白い病室。

 柔らかな日差しが、カーテン越しに静かに差し込んでいた。


 ベッドの上で、少女がゆっくりと瞬きをする。


「……アリス」


 隣の椅子に腰掛けていたベオルが、恐る恐るその名を呼ぶ。

 すると彼女は、少し困ったように――それでも確かに“生きている”笑顔を浮かべた。


「だいじょうぶ……まだ、ふらふらするけど」


 エリーニュスの後遺症は残っていた。

 低下した身体能力。神経を這う鈍い痛み。

 時折、胸の奥を締めつけるような激痛。


 完治には長いリハビリが必要だと、医師は淡々と告げていた。


 それでも――。


 彼女は、戻ってきた。


 失われかけた心も、奪われたはずの名前も、

 今は確かに、この小さな身体の中にある。


 それだけで、ベオルは胸の奥から、深く息を吐いた。

 戦場で何度も死線を越えてきた男が、初めて味わう種類の安堵だった。


 だが、現実は優しくない。


 教会は解散し、居場所は消えた。

 元傭兵の自分なら、野宿でも構わない。


 だが――

 弱りきったこの子を、そんな場所に連れて行くわけにはいかない。


「……どうしたものか」


 思わず漏れた独り言。


 するとそれを聞いていたアリスが、視線を天井からベオルへ移し、

 小さく、しかしはっきりと口を開いた。


「あ……あのね」


 一瞬、言葉を探すように間を置いてから。


「……相談したいことが、あるの」


 その声は、まだ弱々しい。

 けれど確かに、“自分の意思”を持った少女のものだった。









 一方、病院の外――喫煙所。


 ジャックと草壁は、並んで煙草をくゆらせていた。

 昼下がりの空気に、白い煙がゆっくりと溶けていく。


「保護観察……ですか?」

「あぁ」


 草壁は紫煙を吐きながら、短く頷く。


「確かにあの子は、あの機械……えーと……」

「エリーニュスです」

「そうそう、それだ」


 わざとらしく咳払いをしてから、草壁は言葉を続けた。


「エリーニュス等の違法改造を受けた存在は、本来なら問答無用で取り締まり対象だ。だがな――」


 彼は指を一本、立てる。


「あの子は同意していない手術だったこと」

 二本目。

「難波六宗に利用されていた、明確な被害者であること」

 三本目。

「そして……まだ、子供だってことだ」


 草壁は煙草をくわえ直し、低く息を吐く。


「以上を踏まえて、保護者である獣人のベオルと、国家認定されてるお前が保護観察者として、あの子を様子を逐一見ておくこと。それを条件に、上を黙らせた」


 それは、法律の“隙間”を最大限に使った、精一杯の温情だった。


「……借りは、必ず返します」

「返さなくていい」


 草壁は、ほんの一瞬だけ目を伏せる。


「今回はな……俺たち大人が、何もしてやれなかった」


 煙草を灰皿に押し付け、火を消す。

 そして、ふと思い出したように口を開いた。


「それと……彼女のことだが……」

「……シスター・オルカ、ですか?」

「そうだ。あの狂信者」


「狂信者って……」

「随分とお前にお熱じゃないか。なぁ、死神さん」

「茶化さないでください……それで、彼女がどうかしましたか?」


 シスター・オルカは、自らの罪をすべて告白した。


 改造への加担。

 エヴァンへの協力。

 そして――彼を手にかけた事実も。


 情状酌量の余地はなく、判決は――無期懲役。


 それでも彼女は、微笑んでいた。


『生きて、償います』


 そう言い残し、鉄の扉の向こうへと消えていった。

 その背中は、もう“死神”を求める少女のものではなかった。


「あぁ、刑務所の中でも模範囚らしいぞ」

「……そうですか」

「喧嘩してる連中を制圧した、なんて話も聞く」

「相変わらずですね」


 草壁は頭をかき、少し歯切れ悪く続ける。


「ただ……まぁ……」

「何ですか?」

「刑務所の中でな。死神がいかに素晴らしい存在か、熱弁して回ってるらしい」

「……はい?」


 あまりに予想外の報告に、ジャックの思考は一瞬、完全に停止した。


「まぁ、頑張れよ。死神さん」


 気まずさを誤魔化すように、草壁は吸い残っているにもかかわらず煙草を灰皿に捨て、そのまま背を向ける。


「草壁警部!」


 ジャックは呼び止め、深く頭を下げた。


「今回は、本当に助かりました。ありがとうございました」


 草壁は振り向かない。

 ただ、片手をひらりと挙げて、それだけを合図に歩いていった。


 白い煙だけが、その背中を追うように、静かに空へと昇っていった。









 ――それから、しばらくして。


「……ねぇ、ジャック」

「はい。どうしましたか?」


 控えめに名を呼ぶ声。

 振り向くと、そこには退院したばかりのアリスがいた。


「私……ここで、働いてもいい?」


「おい、俺もだ!」


 彼女の腕に、ベオルが当然のように腕を絡める。

 二人は、まるで示し合わせたかのように声を揃えた。


 場所はランタン相談所。

 アリスの退院を祝う、ささやかな席の最中だった。


「“ここ”というと……この相談所、ですか?」


 アリスは、黙ってこくりと頷く。

 そして、少し考えるように視線を落としてから、言葉を紡いだ。


「あのね……私、今まで……たくさんの人に助けてもらって、生きてきたの」


 ジャックは何も言わず、ただ耳を傾ける。


「ベオルに……草壁さんに……病院の人たちに……それから……ジャックにも」


 一つひとつ名前を挙げるたび、アリスは両手を強く握りしめた。

 その瞳には、もう迷いはない。


「だから……今度は……」


 小さく息を吸って。


「……私が、誰かを助けたいの」


「……」


「俺からも、いいか」


 今度は、ベオルが少し照れたように手を挙げた。


「今回の件で、お前には返しきれねぇほどの恩を受けた。だからよ……」

「……」

「これからは、俺が。お前の力になりたいんだ」


 決して器用な言い回しではない。

 だが、その言葉は真っ直ぐで、重かった。


「お二人とも……」


 ジャックは一度、視線を伏せる。

 カボチャの仮面の奥で、何かを噛みしめるように。


 ――助ける側と、助けられる側。

 いつの間にか、その境界は消えていた。


 そこにいるのは、ただ前を向こうとする三人だけだった。


 ジャックは、しばらく黙って二人を見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……分かりました」


 その声は、いつもより少しだけ柔らかい。


「この相談所は、人の行き場を見つける場所です。迷子も、罪を背負った者も、居場所を失った者も――」

「……」

「灯りを必要とするなら、拒みません」


 ジャックは、二人に向けて静かに頷いた。


「ようこそ、ランタン相談所へ」


 アリスの表情が、ぱっと明るくなる。

 ベオルは照れ隠しのように鼻を鳴らした。


 その日の夕暮れ。

 古びた相談所の軒先に、新しい看板が掛けられた。


 ――新生・ランタン相談所。


 夜が訪れ、街に闇が満ちても。

 小さな建物の窓からは、変わらず温かな灯りが漏れている。


 罪を抱えた者のために。

 行き場を失った者のために。

 そして――生き直そうとする者のために。


 今日もまた、ランタンは静かに灯り続けていた。



【完結】


【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】


この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

「陰ながら応援してるよ!」

「引き続き頑張ってください!」


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是非とも宜しくお願いいたします。


今後も更新を続けていく為の大きな励みになりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします。


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