Episode:28
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
「あぁ……任せろ!」
「ふふ……死にぞこないが、ずいぶんと勇ましい世迷言を」
エヴァンは嘲るように鼻で笑い、白衣のポケットへと手を伸ばす。
取り出したのは、小型のリモコン。
無機質なそれを、愛おしげに指でなぞる。
「正直に言えば……これは、使用したくありませんでした。研究者としての“美学”に反しますからね」
そう言って、ためらいもなくボタンを押した。
次の瞬間――。
床に倒れていたシスターたちが、ぎこちなく、しかし一斉に起き上がる。
「……ッ!」
ベオルが息を呑む。
彼女たちの瞳には、もはや光がなかった。
生気も意思も消え失せ、ただ命令を待つ器官として濁っている。
「何を……しやがった……!」
「何、これからですよ」
エヴァンは愉快そうに肩をすくめ、リモコンのつまみを――限界まで回し切った。
すると。
アリスの身体、そしてシスターたちの機械部位に埋め込まれた回路が、青白い光を帯びて一斉に明滅し始めた。
低く唸るような駆動音が重なり、実験場の空気そのものが震え出す。
「彼女たちはエリーニュスによって強化されていますが――」
エヴァンはまるで講義でも始めるかのように、指を立てて語り出す。
「アリス君が効率よく制御できるよう、あらかじめ強化出力には制限をかけていました。ですが今――その“リミッター”を外した」
意味ありげに、薄く笑う。
「……この意味が、分かりますか?」
次の瞬間。
操られたシスターたちが、一斉にベオルの方へ顔を向けた。
揃った視線。揃った足取り。
そこに個の意思はなく、ただ命令だけが存在している。
「彼女たち一人一人が、大隊規模の戦力を壊滅させるだけの力を持っています」
エヴァンの声が、昂揚を帯びていく。
「エリーニュスによって恐怖も痛みも感じず、常人を遥かに超える身体能力を獲得し――」
そして、アリスを見やる。
「さらに、アリス君によって完全に統率された最強の人造部隊! これこそが――エリーニュスの“真の力”なのです!」
その瞬間だった。
シスターたちを制御する中枢――アリスの身体に、異変が走る。
「……っ」
細い鼻筋から、ぽたり、と赤い雫が落ちた。
続けて、瞳の端、口元からも血が滲み出す。
「アリス!?」
ベオルの叫びが、実験場に響く。
だが、エヴァンはちらりと視線を向けただけで、興味なさげに言った。
「どうやら、アリス君への負荷が想定以上のようですね」
まるで機械の動作不良を語るような口調だった。
「本来は、まだ使用する予定はありませんでしたが……仕方ありません」
肩をすくめ、冷たく続ける。
「貴方方をさっさと抹消してから、アリス君にはさらに“改良”を施すとしましょう」
「……てめぇ……」
ベオルの声が、低く震えた。
拳を握り締める。
爪が掌に食い込み、赤い血が滲むほどに。
だが、その痛みすら――今は怒りの燃料に過ぎない。
「この……腐れ外道がッ!」
吼えるような怒声と共に、ベオルは一歩、前へ踏み出した。
それは退路を断つ一歩。
同時に――“守る者”としての覚悟を叩きつける宣言だった。
「行きなさい――エリーニュスの天使たちよ!」
エヴァンの号令が響く。
次の瞬間、強化されたシスターたちが一斉に床を蹴った。
金属音と共に、腕や脚が異形の武装へと変形していく。
刃、杭、打撃装置――人を殺すためだけに最適化された形状。
空気が裂ける。
四方から襲い来る殺意の奔流。
「――邪魔だぁッ!」
ベオルは咆哮と同時に、部屋に置かれていた大型の机を片手で掴み上げた。
筋肉が隆起し、床が軋む。
次の瞬間――
投擲。
投げられた机は、弾丸のような速度で一直線に飛翔する。
視界を塞がれたシスターの一人が、反射的に腕を刃へと変形させ、迎撃する。
――粉砕。
木材と金属の破片が爆ぜる。
だが、それは“合図”だった。
砕け散る破片の向こう側から、影が跳び出す。
反応する暇すら与えない。
ベオルはすでに空中にいた。
そのまま、全体重と跳躍力を乗せた――
ドロップキック。
獣人の脚が、正面からシスターの胸部装甲を貫く。
衝撃が空気を叩き潰し、鈍い破砕音が実験場に響いた。
吹き飛ばされたシスターは後方の仲間へ激突し、二体、三体と連鎖的に弾き飛ばされる。
床を転がり、壁に叩きつけられ、火花が散る。
「……まだだ!」
着地したベオルは、低く身構えたまま牙を剥いた。
胸が大きく上下し、荒い息が漏れる。
だが、その瞳に宿る光は衰えていない――むしろ、獣の本能が研ぎ澄まされていく。
「何をしているのですか! さっさと殺しなさい!」
エヴァンの声が、焦燥を帯びて裏返る。
だが、その叫びなど意にも介さず、ベオルは前進する。
次の瞬間。
左右から、シスターたちが同時に襲いかかる。
一人は脚部を巨大な大鎌へと変形させ、横薙ぎの一閃。
もう一人は右腕を鈍器状に変え、頭上から叩き潰す一撃。
同時攻撃。
だが――
「遅ぇ!」
ベオルは一歩も退かない。
振り下ろされた鈍器を片腕で受け止め、
横から迫る大鎌の脚も、同じ腕でまとめて押さえ込む。
金属が軋み、衝撃が床を震わせる。
次の瞬間、ベオルの腕が“掴んだ”。
攻撃してきた脚と腕を、そのまま力任せに持ち上げる。
そして――
「うおおおおおッ!!」
獣の咆哮と共に、身体を軸に回転。
遠心力が爆発的に増幅され、掴まれた二人のシスターは、振り回される鎖鉄球のように宙を舞う。
回る。回る。回る。
勢いが頂点に達した、その瞬間――二人まとめて、壁へと叩きつけられた。
轟音。
コンクリートが砕け、壁に人型のクレーターが刻まれる。
シスターたちは壁にめり込んだまま、力なく崩れ落ちた。
粉塵が舞い、静寂が一瞬だけ訪れる。
ベオルはゆっくりと腕を下ろし、荒い息を吐いた。
「次は――誰だぁ!!」
吼えるベオルの姿は、もはや傷だらけの獣人ではなかった。
痛みも、恐怖も、すべてを踏み潰し、ただ“守る”という意思だけで立つ――獣の化身がそこにいた。
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