Episode:27
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
倒れ伏すベオルの前で、アリスは無表情のまま佇んでいた。
彼女の周囲では、淡い光を帯びた球体装置が浮遊し、静かな軌道を描いている。
――小さな惑星を従えた、機械仕掛けの天使。
そう形容するしかない、異様な光景だった。
「いやぁ……実に素晴らしい成果だ!」
静まり返った実験場に、浮かれた声が響く。
エヴァンは両手を広げ、歓喜を隠そうともしない。
「核としての反応速度、制御精度、防衛能力……どれを取っても完璧! いや、完璧すぎるッ!」
アリスへ歩み寄りながら、彼は球体群に見入る。
「この軌道……視覚追尾と自律戦闘の同時処理まで成立している……! 美しい。実に美しい! もはや芸術だよ、これは!」
一度昂ると止まらない。
ぶつぶつと感嘆を漏らしていたエヴァンは、ふと思い出したように顔を上げた。
「……そうだ。名前をつけてあげましょう」
狂気と誇りが混ざり合った、歪んだ笑み。
「“フリューゲル”。――この子の翼に、ふさわしい名だ!」
アリスの表情は、微動だにしない。
ただ、彼女の周囲の球体だけが、呼応するように淡く光を揺らめかせた。
「……ふざけるなよ……」
床に伏していたベオルが、血に濡れた腹を押さえながら立ち上がる。
その瞳に宿るのは、怒りと――どうしようもない悲しみ。
「おや、まだ立てるとは。やはり獣人はタフですね」
エヴァンは興味深そうに眺める。
「実験体としては扱いづらいが……観察対象としては面白い」
そこに、人を見る温度はなかった。
「アリスは……てめぇの玩具でも、作品でもねぇ……!」
ベオルの声が震える。
痛みではない。守れなかった後悔と、奪われ続ける現実への怒りが、彼を突き動かしていた。
「一人の……子供だ……!」
しかし、エヴァンは穏やかに首を振る。
その仕草が、ひどく冷たかった。
「いいえ、違いますよ、ベオル。あなたは根本的に理解していない」
そう言って、ゆっくりとアリスへ手を伸ばす。
「この子は“エリーニュス”。怒りも、悲しみも、呪いも――すべてを宿す、新たな概念そのものです」
アリスの周囲で、球体装置が不気味な振動音を鳴らし、青白い光を増幅させていく。
「だから私は育てるのです。完全な形へとね。
あなたのような“善意の保護者ごっこ”には……扱えない」
エヴァンは両手を広げ――
「さあ、“エリーニュス”。侵入者を排除しなさい」
命令と同時に、アリスの瞳がゆっくりと開いた。
そこに宿るのは、子供の温度を完全に失った光。
冷たい。
無機質。
感情を切り捨てた、生体兵器の瞳。
――彼女が覚醒した、その瞬間。
轟音。
実験場の壁が砕け散り、砂煙が吹き上がる。
衝撃で球体群の軌道が乱れた。
「なッ……!?」
エヴァンが振り返るより早く、砂煙の中から影が歩み出る。
黒いコート。
機械仕掛けのカボチャの頭。
街で囁かれる――“不殺の紳士”。
ジャックだった。
右手の指先から、薄く硝煙が立ち昇っている。
歩みはゆっくり。だが、そこに迷いは一切ない。
夜を散策する紳士のように。
そして――戦場を渡り歩いた死神のように。
「遅くなり、申し訳ございません。Mr.ベオル」
「ジャック……! 無事だったか!」
「Mr.ベオルの方こそ……無事、とは言い難いですね。立てますか?」
「あぁ……こんくらい、問題ねぇ」
短いやり取り。
だが、それだけで場の空気が変わった。
それを見ていたエヴァンは、口元を引きつらせる。
「まさか……暴走状態のシスター・オルカを、倒してくるとは……」
その声音には、隠しきれない驚愕と――
はっきりとした“焦り”が滲んでいた。
「えぇ。彼女には、しばらく休んでもらっています」
淡々と、ジャックは答える。
「……殺さなかったのか?」
「そうですね」
一拍。
機械仕掛けのカボチャの奥で、静かな意志が灯る。
「私は誰かを殺すことなどしません。――絶対に」
次の瞬間。
ジャックは右手を前に差し出した。
狙いは――アリスの周囲を旋回する《フリューゲル》。
引き金を引く仕草すら、見えなかった。
――パァン、パァン、パァン、パァン。
乾いた銃声が、ほとんど同時に四つ響く。
軌道を描いていた球体装置が、光を散らしながら弾かれ、床へと転がった。
撃ち抜かれたのは、回路の中枢――機能停止を狙った、完璧な射撃。
「なっ……!?」
エヴァンが目を見開く。
あまりにも正確で、あまりにも冷静な早業。
――破壊ではない。制圧だ。
硝煙が、静かに漂う。
ジャックは静かに銃口を下ろし、いつもと変わらぬ穏やかな口調で告げた。
「次に備えるのであれば――機体にも防御システムを導入することをおすすめします。
……もっとも、次などありませんが」
「くっ……!」
エヴァンは息を呑み、思わず一歩、二歩と後ずさる。
だが――その直後だった。
唐突に、ジャックの膝が崩れた。
彼はそのまま片膝をつき、やがて床に座り込む。
「お、おい! 大丈夫か、ジャック!」
ベオルの叫びに、ジャックは片手を上げて制し、苦笑めいた声を漏らした。
「えぇ……ご心配なく。ただ、先ほどの戦闘で少々――無茶をしすぎました」
呼吸は乱れ、肩が僅かに上下する。
銃を握る手にも、わずかな震えが走っていた。
それを見た瞬間――
エヴァンの口元が、ゆっくりと歪んだ。
「……なるほど」
先ほどまでの焦りは消え失せ、代わりに貼り付けたような笑みが浮かぶ。
「やはり、完璧ではなかったか。規格外の魔改造者も……所詮は無理を重ねた結果、というわけだ」
勝ち筋を見つけた――
そう信じ込んだ者だけが浮かべる、愚かな余裕の笑み。
エヴァンは背筋を伸ばし、再びアリスへと視線を向けた。
「まだ、実験は終わっていませんよ。私には――“切り札”が残っている」
その言葉に、実験場の空気がきしりと音を立てたかのように歪む。
だが――
床に座り込んだままのジャックは、俯いたまま、静かに口角を上げていた。
「こちらも、まだ戦えます。……そうですよね、Mr.ベオル?」
その一言が、胸の奥を打つ。
脳裏に蘇る、先ほどの言葉。
『救うのは、私ではない。貴方です』
――ジャックではない。
この場でアリスを救えるのは、自分しかいない。
ベオルは歯を食いしばり、両腕を掲げる。
指先から伸びた爪が、鈍い音を立ててむき出しになった。
「あぁ……任せろ!」
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