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Episode:01

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

 朝の光が差し込む部屋で、男はソファに腰を下ろしていた。

 カップから立ちのぼる紅茶の香りが、静寂に溶けていく。


 金属の指先でページを捲る。

 物語の行間に心を遊ばせながら、再び一口。


ジリリリ――。


 読書の余韻を破るように、机の上の黒電話が鳴り響いた。

 男は受話器を取る。


「――はい、ランタン相談所です。……はい、承りました」


 短く答えて受話器を戻すと、男は栞を挟み、ゆっくりと立ち上がった。

 クローゼットを開け、上質なスーツを取り出す。

 鏡の前でネクタイを結び、襟を正す。


「さて――行きますか」


 金属の首元から、かすかに機械音が響いた。

 Jack・O・Lanternは、静かに部屋を後にした。









二二〇〇年。

 ここは日本の首都――塔郷(トウキョウ)


 空を突く高層群と、光を奪われたスラム街。

 富と貧困が層のように積み重なった都市。

 その底――血と油の匂いが混じる裏路地で、今日も何かが起きていた。


「ウオオオオォォォォォ!!」


 咆哮とともに、金属音が鳴り響く。

 暴れる巨体がゴミ箱を蹴散らし、火花を散らして突進してくる。


 その先を、ひとりの少女が逃げていた。

 フードを被った若い女。息を切らし、振り返る暇もなく走る。


「はぁ……はぁっ……来ないで!」


 だが、足が空き瓶を踏んだ。

 滑る。転ぶ。悲鳴。


「きゃあっ!」


 右足から鮮血。立ち上がれない。

 背後に影が覆いかぶさる。


「ヤット……捕マエタゾ……」


 男――いや、“それ”は異形だった。

 右目はカメラレンズ。背中の管からは白煙が噴き出す。

 ボイラー音。歪な機械の右腕。


 改造者(リノベーター)

 肉体を機械化し、人の域を越えた存在。


「三万デヤッテクレルッテ言ッテタノニ、逃ゲヤガッテ!」

「こ、来ないで!」

「殺シテカラ、楽シマセテヤル!」


 女は這って逃げようとするが、足が動かない。

 振り上げられる機械の腕。


「だ、誰か――!」


 その瞬間。


「――お電話、ありがとうございました」


 低く落ち着いた声が、路地の奥から響いた。

 改造者が振り向く。


 そこに立っていたのは、黒のスーツに身を包んだ“カボチャ頭”の男。

 金属光沢を帯びたオレンジの頭部。

 笑みのラインが光を反射していた。


「ランタン相談所の者です。ご依頼を承りにまいりました」


 その名を聞いた瞬間、改造者が身を強張らせた。


「……ランタン……!? アノ、化ケ物カボチャカ!」

「おや、ご存じとは光栄です。ですが――」

 男は軽く首を傾げ、低く言った。


「レディに暴力とは、紳士の嗜みとしていただけませんね」

「フザケルナァ!」


 怒声と同時に、機械の腕が唸る。

 だが、ジャックは片手でそれを受け止めた。

 金属が軋む音。衝撃は、彼の掌で止まった。


「言語機能を削って脳負荷を逃した代償に、破壊衝動だけが残った……か」


「オ、オ前モ改造者ナノカ!?」

「少し違います」


 次の瞬間、男の巨体が宙を舞った。

 ジャックが軽く払うだけで、壁に叩きつけられる。


「グハッ!?」


 崩れ落ちた改造者を見下ろしながら、ジャックは右手の手袋を外す。

 その下は――完全な機械の手。


「私は貴方より、ほんの少し身体を弄っただけですよ」

「オ、魔改造者(オーバーイノベーター)……だと!?」

「ご名答」


 金属の甲に刻まれたコード。


登録番号S‐0002

魔改造者――Jack・O・Lantern


「お気軽に“ジャック”とお呼びください」


 激昂した改造者が再び突っ込む。

 右腕を振り上げ、咆哮を上げながら――。


 ――だが、発砲音は一度だけ。


 ダンッ。


 改造者の巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 ジャックの指先から、薄い硝煙が上がる。


「安心してください。麻酔弾です。殺してはいません」


 確認のため男の腕を調べる。登録番号なし。

 ジャックは携帯端末を取り出し、短く通話を始めた。


「――草壁警部。未登録の改造者を一体拘束しました。……はい、違法改造の可能性が高いかと。被害者の保護もお願いします」


 通話を切り、振り返る。


 泣きじゃくる女が、震える声で言った。

「……ありがとうございます……」


 ジャックは静かに跪き、真っ白なハンカチで彼女の傷を拭った。

「応急処置ですが、しばらく動かない方がいい」


「あ、すみません……」


「なぜ追われていたのです?」


 女はためらいながらフードを外す。

 金色の髪、そして獣のような耳。


「……娼婦なんです。亜人は普通の仕事に就けなくて……」


「そうですか」


 ジャックは別のハンカチを差し出す。

「レディに涙は似合いません」


 そこへ警官たちが到着。

 先頭に立つ無精髭の中年男が、ジャックに声を掛ける。


「ご苦労だな、カボチャ野郎」


「いえいえ、いつもありがとうございます。草壁警部」


 改造者犯罪対策科の刑事――草壁十蔵。

 安物のコートと強い煙草の匂いがトレードマークだ。


「また未登録の犯行か。今月十五件目だぞ」

「登録には制限が多いですからね」

「アンタも制限対象か?」

「さぁ、どうでしょう」


 ジャックは軽く笑った。


「それと、この女性を私の方で保護しても?」

「構わねぇが……“パープル”の所に連れてくのか?」

「えぇ。……あ、そういえば、ママさんが警部に会いたがってましたよ」

「はぁ……苦手なんだが。後で行くって伝えとけ」

「了解です」


 警官たちが去った後。

 ジャックは改めて女に向き直る。


「お名前を伺っても?」


 少し間を置いて、女性は唇を震わせながら答えた。


「レ……レベッカです」


 掠れた声。

 レベッカと名乗った獣人の女性は、恐怖と疲労に震える手で胸元を押さえていた。


「大丈夫ですか、Miss.レベッカ」


 ジャックの声は穏やかで、どこか古い映画の紳士を思わせる響きを持っていた。

 だがその優しさに、レベッカの目がわずかに揺れる。


「……はい……でも、もうここでは生きていけません」


 彼女の声は震えていた。


「私は……このまま汚れたままで、野垂れ死ぬんでしょうか……?」


 ジャックは少し間を置き、静かに言葉を紡ぐ。


「悲観主義者は風を呪い、楽観主義者は風が変わるのを待つ。現実主義者は――帆を動かす」


「……え?」


「ウィリアム・アーサー・ウォード。とある作者の言葉です」


 ジャックはレベッカのフードを外し、涙の頬を指で拭った。

 冷たい金属の指先。だが、その動きは誰よりも優しかった。


「貴女なら、帆を動かせると信じています」


「……ジャックさん……」


 レベッカはそっと彼の手を握った。


「ジャックさんの手、冷たいですね」

「えぇ、機械ですから」

「でも――手が冷たい人は、心が温かい人なんですよ」


 ジャックの顔のラインがわずかに笑みの形を描く。


「実はですね、Miss.レベッカ。紹介したい場所があるんです。――ついてきていただけますか?」


「え……?」


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この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

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