Episode:17
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
――アイドロン旧実験場。
かつて富裕層の工業区の一角を占めていた巨大な研究施設は、いまや廃墟のように静まり返っていた。
企業が解体されたあの日から、誰も寄りつくことのない“死んだ区画”。
だが今夜、その沈黙は破られていた。
ジャックたちが車を止めると、施設の前には異様な光景が広がっていた。
無人のはずの敷地に、無数の車両と武装警官が列を成している。
赤と青のパトランプが夜の霧を裂き、空気に焦げたような緊張を混ぜていた。
「……妙ですね」
「誰もいねぇはずの施設に、これは派手すぎるだろ」
二人が車を降りた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。
「おい、カボチャ野郎」
煙草の匂いとともに、見慣れた刑事――草壁警部が歩み寄ってくる。
顔は疲れきっているのに、どこか達観した笑みを浮かべていた。
「草壁警部……何事ですか」
「すまん」
短く頭を下げると、草壁はポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつける。
火が一瞬、夜の風に揺れた。
「お前さんの報告を受けてな……上層部が、案の定“暴走”しやがった」
「どういうことだ!?」
ベオルが声を荒げる。状況を掴めず、苛立ちが混じる。
「十分の証拠になるので、運転中に草壁警部にアイドロンとブリュンヒルデ教会の情報を送りました」
だが、ジャックが草壁に情報を送ったのは一時間前。警察が行動を取るには手際が良すぎた。
「ですが――行動が早すぎますね」
ジャックの冷静な指摘に、草壁は苦々しい顔を浮かべ、煙を吐いた。
「ブリュンヒルデ教会と警察庁の癒着がバレるのを恐れた上層部がな。証拠隠滅のために“SCAR”を招集した」
「スカー?」
「警察庁直属の対改造者特殊部隊だ。正義を語る狂犬どもさ」
草壁が皮肉を滲ませて笑う。だがその目は笑っていなかった。
「ですが……ブリュンヒルデ教会はエリーニュスを所有しています。ただの改造者……いいえ、魔改造者より質が悪いかと」
「俺も止めたんだがな。上は聞きゃしねぇ」
草壁が肩をすくめた直後――
施設内から、乾いた銃声が連続して響いた。
夜の空気を切り裂くように、何十発もの弾丸の音が重なり合う。
「お、始まったみたいだな」
「Mr.ベオル、我々も行きましょう」
「おう、早いとこアリスを見つけねぇとな」
草壁は煙草を咥え直し、二人を見送った。
彼の背後で、パトカーの赤色灯がゆらめきながら照らす。
「俺の仕事はここまでだ。……気ぃつけろよ」
ベオルが無言で頷き、ジャックとともに闇の施設へと消えていく。
その背を見送りながら、草壁はひとり煙を吸い込んだ。
――ぱち、と火が弾ける音。
「……死ぬんじゃねぇぞ」
誰もいない虚空に向かって、淡い煙を吐き出した。
煙は夜風に攫われ、暗闇へと溶けていった。
○
アイドロン旧実験場の奥へと足を踏み入れた瞬間、二人は息を呑んだ。
――そこは、もはや地獄だった。
薄暗い照明がちらつく中、天井から吊るされた数十の影。
SCARの隊員たちだ。
全員が首を吊られた状態で宙に揺れており、装甲服の間から赤黒い血がぽたぽたと床に滴っていた。
鉄と血の匂いが混じり合い、喉の奥を焼くような酸味を放っている。
「……っ、なんだ、こりゃ……」
ベオルが呻く。足元の血溜まりを避けながら、周囲を見回した。
そして――その“中央”に、彼女はいた。
白い修道服を纏い、静かに椅子に腰掛ける女。
シスター・オルカ。
背後の吊るされた死体たちを従えるように、その姿はまるで“処刑台の聖女”だった。
オルカはゆっくりと顔を上げ、微笑とも嘲笑ともつかない表情を浮かべる。
「証拠にもなく……また来たのですか」
低く響く声。
まるで聖堂で祈りを捧げるような静けさだった。
橙色の光が、ジャックの機械の瞳に反射する。
「――便利屋、いえ……ジャック・オ・ランタン」
その名を口にすると、オルカは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。
コツ、コツとヒールの音が、吊るされた死体の間に反響する。
ベオルと目が合った瞬間、オルカは一つ、深いため息を吐いた。
「……ベオル。貴方はもう少し“賢い奴隷”だと思っていましたのに」
その声には哀れみすら混じっていた。
だが瞳の奥にあるのは、救いではなく――冷たい信仰の光。
「アリス様を……渡すわけにはいきません」
オルカが指を鳴らした瞬間――空気が裂けた。
背中から伸びる無数の触手。
金属のうねりが重なり合い、蛇の群れのように蠢く。
一本一本が鋼の鞭のように光を反射し、獲物を貫く瞬間を待ち構えていた。
ベオルは歯を食いしばり、両の拳を構える。
しかし、ジャックの低い声がそれを制した。
「――Mr.ベオル。ここは、私が相手します」
「だが、お前……!」
ベオルが反論しかけるが、橙の瞳が鋭く光る。
ジャックは一歩前に出て、静かに言い放った。
「大丈夫です。救うのは、私ではない。貴方です」
その一言に、ベオルの胸が熱を帯びる。
拳を強く握りしめ、彼は短く応えた。
「あぁ――分かった」
その言葉を最後に、ベオルは振り向くことなく駆け出した。
靴底が血濡れの床を蹴り、一直線に奥の廊下へと突き進む。
だが、その瞬間――。
「行かせると、思いますか?」
オルカの指が優雅に宙をなぞる。
次の瞬間、十数本の触手が一斉にベオルへ襲いかかった。
金属の唸りと風圧が爆ぜる。
鋭い先端が空気を裂き、蛇の牙のように閃光を放った――。
「――Mr.ベオル! そのまま走り抜けてください!」
銃声が、闇を貫いた。
ジャックの両手の指先が開き、全ての指先から閃光が奔る。
十本の銃口が、同時に火を噴いた。
放たれた弾丸は精密な軌道を描き、襲いかかる触手を正確に撃ち抜いていく。
金属の破片が宙を舞い、床に弾け散る。
ベオルはその隙を逃さず、一直線に走り抜けた。
背後では、ジャックとオルカが静かに対峙していた。
血のような赤い警告灯が二人を照らし、闇に二つの影を落とす。
ベオルの背中が暗闇に消えると同時に、ジャックはゆっくりと指を鳴らした。
「――さて。続きをしましょうか、シスター・オルカ」
「やはり……貴方は不愉快な存在ですね、ジャック・オ・ランタン」
オルカの背中で、機械仕掛けの触手が螺旋を描くようにうねりを上げる。
油と血の匂いが混じった金属音が、空気を震わせた。
対するジャックは、無言で両の手を軽く振る。
その瞬間――カラン、カランッと、空薬きょうが宙を舞う。
金属が床に落ちる乾いた音が、戦いの合図となった。
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