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Episode:16

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

 夜の街を、ジャックの愛車が疾走していた。

 ヘッドライトが闇を切り裂き、アスファルトを白く照らす。エンジンの低い唸りが、ふたりの沈黙を震わせていた。


「いい加減、説明しろ。何が分かったんだ」

「すべてです。しかし――時間が惜しい。運転中にお話ししましょう」


 ハンドルを握るジャックの指先がわずかに力を込める。橙の瞳が、フロントガラス越しに夜を射抜いた。


「先ほど申し上げた通り、亜人戦争後に“難波電脳”は解体された――とされています」

「あぁ、そう聞いた」

「ですが、実際には違いました。戦争終結の直前、アイドロンが難波電脳を丸ごと買収していたのです」


 ベオルの眉が険しくなる。


「……ってことは、エリーニュスの技術がアイドロンに渡ったってことか」

「えぇ。製造方法もデータも、すべて流出したと考えていいでしょう。そして――アイドロンはもともと“人格のデータ化”を研究していた企業です」


 ジャックの声はエンジン音よりも低く、重かった。

「おそらく、彼らは人格データの技術と難波電脳の機械化技術を組み合わせ、“完全なエリーニュス”を作り出そうとしていたのです」


「……でも、人格のデータ化なんて、まだ実現してないんだろ?」

「えぇ。しかし、彼らは別の手段で“擬似的な人格データ化”に成功していた」


 その一言に、ベオルは息を呑む。


「それって……」


 ジャックの橙の瞳がバックミラーに一瞬光った。


「――他者の脳を“カートリッジ”として使う。使い捨ての情報処理端末に改造していたのです」


 車内に、冷たい沈黙が落ちた。

 タイヤがアスファルトを軋ませながら、夜を切り裂いていく。

 エンジンの唸りが、ふたりの怒りと無力を飲み込むように響いていた。


「……倫理委員会が動くのも当然ですね」

「外道もここまで来ると、もう笑えねぇな」

「問題は――どうやって“他者の脳”を確保し、改造していたかです」


 その瞬間、ベオルの顔色がみるみる青ざめていく。


「おい……まさか……」


 ジャックは視線を前に向けたまま、淡々と告げた。


「えぇ、ご想像の通り。ブリュンヒルデ教会――彼らは孤児たちの脳を使っていました。年老いた脳よりも、若い脳のほうが情報処理能力に優れていますから」


 ベオルの拳が震えた。

 そして、怒号とともに車内に鈍い音が響く。


「クソがッ!!」

「落ち着いてください、Mr.ベオル。……それに、私の愛車を壊さないでいただきたい」


 いつも冷静なジャックの声音にも、わずかに怒りが滲んでいた。

 ベオルは歯を食いしばり、荒い息を吐く。


「ってことは……アリスも!?」

「いいえ、彼女は違います」


 橙の瞳が、夜の街灯を映して微かに光った。

 その光は、痛みと決意を孕んでいる。


「――彼女は、“特別”なんです」


「……どういう意味だ?」


 ベオルの声がかすれる。

 ジャックは短く息を吐き、低く続けた。


「エリーニュスは、まだ完成していないのです」

「は?」

「確かに副作用――理性崩壊は克服されました。しかし依然として“問題”が残っている。稼働するたびに他者の脳を使い捨てる。莫大なコストも掛かり、それでは兵器として量産不可能です」


「……じゃあ、どうやって克服するつもりだった?」

「――“消耗品を減らす”ための実験。それが、Miss.アリスの存在です」


 ベオルの眉が寄り、拳が膝の上で音を立てる。


「……まさか」

「彼女の手術内容、覚えていますか? 戦闘特化の改造ではなかったはずです」

「あぁ……まるで、“維持”するための改造みたいだった」

「その通り。彼女は――“エリーニュスの核”として造られたのです」


「核……だと……?」


 ベオルの声が震え、ジャックの手がハンドルをわずかに強く握る。


「エリーニュスを安定稼働させるための、生体演算中枢。彼女の脳が、他者の意識を繋ぎ止める“中継装置”として使われている」


 エンジンの唸りが、重苦しい沈黙を押し流す。

 街の光が遠ざかり、暗闇の中でふたりの息遣いだけが残った。


「エリーニュスの暴走を他者の脳が受け止め、Miss.アリスが中継役となって負担を軽減する。――これで、使用者は何度でもエリーニュスを起動できる」

「それじゃあ……アリスは?」

「えぇ。このままでは、彼女は人間ではなく“エリーニュスを動かすためのコンピュータ”になってしまうでしょう」


 その言葉を聞いた瞬間、ベオルは拳を強く握り締めた。


「ただ、ひとつ――気になる点があります」


「なんだ?」


「なぜ、ブリュンヒルデ教会がそこまでエリーニュスに固執しているのか、です」


 ジャックがひとり考え込んでいると、脳内に通話のメッセージが浮かんだ。

 送信者はシエラだった。


「Miss.シエラからです」

「あの情報屋か……」

「えぇ、アイドロンやエリーニュスの情報をお売りしました」


 ジャックはそっとこめかみに手を触れると、シエラの声が聞こえ始めた。

 同時にベオルにも聞こえるよう、ジャックは通話機能を車のスピーカーに接続した。


「Miss.シエラ」


『まだ生きているようで、安心したわ、ジャック』


「えぇ、なんとか生きています。それで、ご用件は?」


『アイドロンとエリーニュスの情報、ありがとう。とても価値がある情報だったわ』


「いえいえ、こちらも情報をいただきましたから」


『それで、買取価格については――そうね、貴方たちが欲しがっている情報でどう?』


 ハンドルを握る手が、思わずピクリと動く。


「やはり……まだ情報があったようですね」

「なっ……隠していたのか?」


『あら、私は対価に見合った分だけの情報を渡したまでよ?』


「分かりました。追加の情報を頂けませんか?」


『分かったわ』


 ジャックの脳内に、一通のテキストファイルが送り込まれる。

 開くと、中にはぎっしりと書き込まれた情報が詰まっていた。


「これは……エヴァン神父の情報ですか?」


『えぇ。エヴァン・ヘリオ。本名は難波六宗よ』


「お、おい……難波って」

「……そういうことですか」


『えぇ。察しの通り、エヴァン・ヘリオは難波電脳の社長、難波宗明の弟で、難波電脳では技術責任者を務めていたの。アイドロンに買収された後は、アイドロンの技術顧問に就き、アイドロン解散後は消息不明になっているわ』


「……なるほど。エリーニュスの設計を全て持ち去り、ブリュンヒルデ教会の神父の姿を借りて隠れていた、ということですか」


『まぁ、そんなところかしら』


 ジャックは深く息を吸い込み、情報の重みを噛み締める。

 長く続く沈黙の後、静かに口を開く。


「これで、ブリュンヒルデ教会がエリーニュスに固執する理由も分かりました。大変、助かりました。Miss.シエラ」


『いいのよ。こちらも価値のある情報を頂いたからね……無理はしないで、ジャック』


「えぇ、ありがとうございます。Miss.シエラ」


 ジャックは感謝の意を伝えると、静かに通話を切った。


「させるか……そんなこと、絶対にさせねぇ!」

「えぇ。彼女を救い出しましょう。そして――ブリュンヒルデ教会の企みを止めるのです」


「……場所は分かるのか」

「はい。アイドロンが使用していた実験場が、ブリュンヒルデ教会の支部近くにあります。おそらく、そこに」


 ジャックはアクセルを踏み込み、夜を裂くように車が加速した。

 街灯が流星のように後方へ消えていく。


 ――アリスを、取り戻す。

 その決意だけが、闇の中で燃えていた。


【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】


この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

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