Episode:15
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
「……シスター・オルカ」
ジャックは即座にカトレアへ駆け寄る。
ワイヤーを掴み、引きちぎろうとする――だが、ダメだ。
金属の線はまるで生き物のように首に食い込み、容易に剥がれない。
カトレアの息が、かすかに掠れた。
その唇が震えながら、か細い声を絞り出す。
「……また、貴方ですか……便利屋さん……」
「ワイヤーを解きなさい、シスター・オルカ。――彼女は、仲間のはずです」
ジャックの声には、怒気と悲哀が入り混じっていた。
しかし、オルカはわずかに首を傾げるだけで、感情の色を見せなかった。
「仲間……ですか? いいえ、彼女は――いえ、私たちは“駒”です。使えない駒は、盤上から排除しなければなりません」
冷徹な声が響いた瞬間、オルカの指先がわずかに動く。
それに連動して、ワイヤーが一気に巻き上がった。
「っぐ……あぁッ――!」
カトレアの身体が宙を引きずられるように引っ張られる。
喉元に食い込む金属が赤く染まり、足が空を蹴る。
「レディ!!」
ジャックが駆け出した――だが、オルカが片手を掲げると同時に、背中の装置から無数の触手が迸る。
鋼線のような機械の触手が一斉にうねり、ジャックの進路を封じた。
「――邪魔です、ジャック・オ・ランタン」
淡々とした声。
そこに怒りも、憎しみもない。
ただ、“命令”としての冷たさだけがあった。
「……に……て、カ……ん」
苦しげにカトレアがかすれ声を漏らす。
血と火花が混じる空気の中、震える唇がもう一度動いた。
「……にげて……カボチャ頭……さん……」
「レディ!」
ジャックの叫びが、空気を裂く。
「――残念です。シスター・カトレア。それが、あなたの“最期の選択”なのですね」
オルカの瞳に、わずかな影も揺れなかった。
背中の装置が低く唸り、一本の触手が静かに伸びる。
音もなく、鋼の刃が空気を裂いた。
次の瞬間、カトレアの身体がわずかに震え――そのまま、力を失って崩れ落ちた。
紅と銀の粒子がふわりと宙に舞う。血ではなく、光でもない。
人と機械の狭間にあった彼女の“命”が、淡く散っていく。
「……ぁ――」
その声は、風に溶けるように消えていった。
ジャックの橙の瞳に、静かにその姿が焼きつく。
「レディ!」
目的を果たしたのか、ジャックの行く手を塞いでいた触手がオルカの背に収まり、音もなく格納されていく。
彼女は一瞥もくれず、ただ背を向けて闇に溶けていった。
ジャックはその隙を逃さず、カトレアのもとへ駆け寄った。
血と火花の匂いが漂う中、彼女の身体を抱きかかえる。
「……しっかりしなさい。レディ、あなたは生きるのです!」
声をかけるも、返ってくるのは浅い息だけだった。
カトレアは震える手を伸ばし、ジャックの頬をそっと撫でる。指先が血で濡れ、冷たくなっていく。
「……ふふっ……敵の心配をして……死ぬなんて……愚かね……」
「貴女は生きなければならない。これまでの罪を――償うために。」
「……エリザベス……」
「え?」
ジャックが聞き返すと、彼女はかすかに笑った。
その瞳に宿った光が、まるで遠い記憶を映すように揺れる。
「エリザベス……これが、本当の名前よ……」
「……ありがとうございます、Miss.エリザベス。――素晴らしいお名前です。」
「ふふ……ありがと……カボチャ頭……さ……」
その言葉が最後だった。
撫でていた手がゆっくりと力を失い、膝の上に落ちる。
ジャックはその手をそっと握りしめた。
橙の瞳が、わずかに揺れる。
「……安らかに。――あなたの罪も、苦しみも、ここで終わりです」
機械仕掛けの掌が、ひとりの女の冷たい手を包み込む。
無機質なはずのその動作に、確かな“温もり”があった。
ジャックはゆっくりと立ち上がった。
機械の脚が床を軋ませ、鈍い音が静寂を切り裂く。
その視線が、オルカを捉える。
オルカは思わず息を呑み――反射的に一歩、後ずさった。
無機質なカボチャの仮面。
そこに表情など存在しないはずなのに――彼女は“見た”。
橙の双眸の奥に、確かな怒りが燃えていた。
それは叫びでも、激情でもない。
ただ、極限まで研ぎ澄まされた“殺意”の刃。
視線だけで、オルカの喉元に冷たい刃を突き立てるような――そんな圧。
彼の口元がわずかに動く。
「……Miss.エリザベスを、弄んだ報いは――覚悟なさい」
「……やはり、貴方はあの方に似ていますね」
オルカは低く、ほとんど独り言のように呟いた。
二人の視線がぶつかる空間に、重苦しい静寂が落ちる。
その静寂を、突然破る音が響いた。
――窓ガラスが粉々に砕け、風を巻き込んで誰かが飛び込んでくる。
「大丈夫か!」
「Mr.ベオル!」
ベオルが勢いよくジャックの前に立ちはだかり、オルカに向かって威嚇する。
その圧を受け、オルカは一瞬だけ興味を示したかのように眉をひそめたが――すぐにため息を漏らす。
「目的も果たしましたので、ここで失礼いたします。アイドロンのデータは、好きに使って構いません」
そう言い残すと、オルカは暗闇の中へと滑るように消えていった。
まるで、何もなかったかのように――。
緊張の糸が解けたのか、ジャックは深く息を吐いた。
「無事でしたか、Mr.ベオル」
「あぁ、あのチェーンソーシスター。急に狂暴化して手を焼いたが、何とか仕留めた」
仕留めた――その言葉に、ジャックの胸がぎゅっと締め付けられる。
だが、まずはベオルが無事だったという事実だけを、静かに受け止めた。
「狂暴化……ということは、そちらのシスターもエリーニュスを使用した、と?」
「エリーニュス?」
ジャックはそっとハンカチを取り出すと、倒れたエリザベスの顔を丁寧に拭い、血で汚れた頬を隠すようにハンカチをかぶせた。
手を合わせ、一瞬だけ目を閉じる。
身なりを整え、静かに歩き出す。
「移動しながら説明します。今は、アイドロンのメインサーバーへ向かいましょう」
廊下を抜け、薄暗い通路を二人で歩く。
戦いの余韻がまだ空気に残っているが、今は急がねばならなかった。
「まずは状況の整理からです」
ジャックが静かに口を開くと、ベオルは軽く頷いた。
「Mr.ベオル、亜人戦争についてはご存知でしょうか?」
「あ……あぁ。俺の両親は、あの戦争で駆り出されて戦死したからな」
「そうでしたか……」
亜人戦争――。三十年前に勃発した、人間種と獣人など亜人種との戦争。
当時、亜人種にはほとんど権利が認められず、不満を抱えた過激派が人間種に宣戦布告したことで始まった、大規模な紛争だ。
「戦争の規模は想像を絶するもので、使用された兵器もまた常軌を逸していました。改造者への手術も、その際に実験として行われていたのです」
「……それで、エリーニュスもその一つってわけか?」
「えぇ。あれは戦争中に難波電脳という企業が開発しましたが、危険性が高すぎるため、生産も使用も禁止されていました。それなのに、ブリュンヒルデ教会はそれを実戦で使っていたのです」
「危険性って……具体的には?」
ジャックは少し言葉を選ぶように口を閉じ、重たい空気を吐き出すように話し始めた。
「自身の肉体を急激に機械化することで、身体能力や通常の人間では不可能な演算処理能力を得られます……しかし、その代償として理性が徐々に蝕まれ、最終的には廃人と化してしまうのです」
廊下に静寂が落ちる。エリーニュスの恐ろしさを理解するには、言葉だけでは足りなかった。
「ん……? ちょっと待てよ。理性が崩壊するって言ってたけど、そんな素振りはなかったぞ。むしろ、薬でも決めてるみたいにハイになってた」
「えぇ……それが引っかかるのです。本来なら、数十秒も持たず理性は崩壊し、文字通り狂戦士として味方も敵も構わず暴れるはずでした」
「でも、あいつらはそれを克服した、ってことか?」
「はい……戦後、軍によって難波電脳は解体され、使用方法や製造法は抹消されたはずです。それをブリュンヒルデ教会が再現できるとは考えにくいのですが……」
ジャックの言葉に、ベオルは眉を寄せて考え込む。
二人が足を進めると、やがて大きな部屋にたどり着いた。そこには無数のパソコンや機械が無造作に放置され、ほこりが積もっている。――数年間、誰も使っていないことが一目でわかる光景だった。
「おいおい……これ、動くのか?」
「えぇ、問題ありません」
ジャックは左手の人差し指を、パソコンの外部デバイス用の差込口にそっと触れる。
その瞬間、膨大な情報が脳内に流れ込む。数百、数千のデータが渦を巻くように襲いかかるが、彼は冷静に、一つ一つ処理していった。
アイドロンの情報が次々と流れ込み、必要な情報だけを抽出する。
まるで膨大なデータの海を悠然と泳ぐ魚のように。
「なるほど……そういうことですか」
「お、おい、何が分かったんだ?」
「Mr.ベオル、急いでMiss.アリスの元へ向かいましょう」
ジャックの瞳が鋭く光る。次の戦いはすぐそこにある――その予感が、静かに二人の間に漂った。
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