Episode:12
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
エリザとの死闘を終え、ベオルは肩で息を吐いた。
全身の毛並みにこびりついた血と油が、焼けた鉄の匂いを放つ。
「――さて、あのカボチャ野郎と合流しねぇとな」
短く呟いたその背後で、かすかな物音。
「はぁ……はぁ……待ちやがれ、ハチ公……」
「――ッ!」
振り返ると、倒れ伏していたはずのエリザが立ち上がっていた。
片膝をつき、震える脚で無理やり立ち上がるその姿は、もはや“戦士”というより“亡霊”のようだった。
「よせ、もう戦う気力もねぇだろ?」
「ちっ……なんだ、随分と余裕だなぁ……?」
唇の端から血を垂らしながら、エリザはベオルへとにじり寄る。
その瞬間、彼女の髪を束ねていた留め具がはじけ飛び、深紅の髪がふわりと宙に解き放たれた。
汗と血と油で濡れた髪の中から、小さなメモリーチップが転がり落ちる。
エリザはそれを拾い上げ、しばし無言で見つめた。
その目に宿ったのは、恐怖か、それとも覚悟か。
「……それ、なんだ?」
ベオルの声が低くなる。
エリザはわずかに笑った。
それは死を前にした女の、どこか諦めと哀しみを滲ませた微笑。
「――“神の御加護”さ。地獄行きの切符みたいなもんだけどね」
尋常じゃない気配が漂い、ベオルの喉がごくりと鳴る。
「お、おい……何をする気だ……?」
「使うつもりなんて、なかったんだけどね。でも――何も残せずに終わるよりは、マシでしょ?」
その声はもう、人間のものではなかった。
機械の軋みのように乾いて、冷たく、静かだった。
エリザはゆっくりと、メモリーチップを首の接合部に突き刺した。
瞬間――。
バチィィィッ! と閃光が弾けた。
電流の奔流がエリザの全身を駆け巡り、装甲の隙間から青白い光が噴き出す。
「うっ――うぅぅぅッ……!」
「お、おい! 何をして……」
ベオルの声は、爆ぜる電磁ノイズにかき消された。
エリザの体が弓なりに反り返り、内部機構が悲鳴を上げる。
装甲の間から覗く筋肉は金属繊維へと変質し、血液が液体電導体に置き換わっていく。
次の瞬間、エリザの背中が裂け、鋭い金属翼が展開する。
機械の羽ばたきとともに、無数の光の粒子が散る――まるで堕天した天使の羽根。
床に焼け焦げた跡が広がり、空気が震えた。
高周波の唸りが耳を裂き、ベオルは思わず身を低くする。
「おい……マジかよ……これが、神の御加護だってのか……?」
「はぁ……はぁ……あぁ、これが神の力さ」
エリザの唇が、嗤うように歪んだ。
その背から伸びる金属の翼が、一度だけはためく。
瞬間――閃光。
青白い光の粒子が空間を裂き、直線を描いて放たれる。
視認すらできない速度の“光の雨”が、一直線にベオルの腹部を貫いた。
「ぐっ……がぁッ!」
鈍い衝撃が腹から背へと抜け、遅れて焼けるような痛みが走る。
血と焦げた毛皮の匂いが一気に鼻を突いた。
ベオルは反射的に飛び退くが、足元の床が焼け焦げていた。
そこには、まるで“光の刃”で切り裂かれたような跡が残っている。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした、ハチ公!」
エリザは宙を舞いながら高笑いした。
だがその笑いに、もう“人間らしい温度”はなかった。
瞳孔は焦点を失い、代わりに淡い蒼光がゆらめいている。
まるで機械が“感情の真似事”をしているようだった。
「チッ……!」
ベオルは舌打ちをしながら睨み上げる。
「なんだ? ドラッグメモリーか? それにしては異常に強化されてやがる……」
光学センサーがチカつくような閃光。
エリザが両腕を広げた瞬間、空気がビリビリと震えた。
「だが――」
言い終わるより早く、光線が走った。
轟音もなく、ただ空気が“切り裂かれる音”だけが響く。
ベオルは本能的に転がり、床をえぐりながら横跳びに避けた。
背後で床が焦げ、金属の溶ける臭いが立ち上る。
ほんのコンマ数秒遅れていたら、上半身ごと消し飛んでいた。
「チッ……見た目以上に厄介だな」
腹部を押さえ、ベオルは低く唸った。
血の滴る掌の奥で、焼けた肉の匂いが鼻を刺す。
「あの飛んでる似非シスターを打ち落とすしか……他に手はねぇか」
ベオルは周囲を見回し、視界の端に立っていた金属ポールを掴んだ。
筋肉が軋み、鉄が悲鳴を上げる。
――バギンッ!
金属の根元が音を立ててへし折れた。
そのまま、獣のように腰をひねり、全身のバネを使って投げ放つ。
轟音とともに、鉄柱が空を裂いた。
「おらぁッ!」
だが――。
光が奔る。
エリザがひと振りしただけで、放たれたポールは一瞬で蒸発した。
高熱の残滓だけが閃光の軌跡を描き、空中で霧散する。
「……やっぱり効かねぇか」
ベオルは舌打ちしながらも、その一瞬の視界の揺らぎを逃さなかった。
床を蹴り、壁を伝って跳躍。
獣じみた反射速度で、エリザの死角を突くように天井へ駆け上がる。
「距離、詰めりゃあ……どうってことねぇんだよッ!」
両腕の義爪が光を反射し、獣の牙のように煌めく。
そのままエリザめがけて振り下ろす――
「甘いんだよ」
瞬間、光の壁が走るように立ち上がった。
ベオルの爪による斬撃は、無音に近い衝撃とともに跳ね返される。
「なっ!?」
空中で無防備となったベオルを見下ろし、エリザが指を鳴らす。
周囲に散らばっていた光の粒子が、まるで生き物のように収縮し、鋭利なレーザー群となって飛び立った。
ベオルの視界が一瞬、光の雨で染まる。
無数のレーザーが体を切り裂くように襲い掛かる。
防御も回避も間に合わず、腹部にかすかに振動が伝わる。
「ぐっ……!」
直撃を受けたベオルはそのままコンテナに落下した。
幸いにも、中に積まれていた小麦粉の袋がクッションとなり、落下の衝撃は軽減された。
しかしレーザーによる傷は深く、全身が痛みに震えている。
「ちっ……飛び回りつつ、レーザーを撃つわ、バリアは張るわ……厄介すぎるだろ」
怒りと焦りで、ベオルは小麦粉の袋を握りつぶした。
爪が袋を引き裂き、中から白い粉がほわりと空気中に舞う。
その瞬間、ベオルの脳裏にジャックとの会話がよぎる。
『Mr.ベオル。もし戦闘になった際は銃火器の使用は控えてくださいね』
『あぁん? 俺は獣人だ。銃なんて使わねぇが……なんでだ?』
『あの周辺は貨物船のコンテナが保管されている場所です。この時期は小麦粉の搬入も多く、粉塵が浮遊している可能性があります』
『小麦粉と銃火器に何の関係が……?』
『粉塵爆発という現象です。可燃性の粉塵が空気中に一定濃度で漂うと、火花で引火し爆発を起こす恐れがあります』
『まじか……ただの粉でも爆発するんだな……』
──あの時の忠告が、今、リアルに迫ってくる。
ベオルは握った粉の残りを見つめ、作戦を再考せざるを得なかった。
周囲を見回す。ここは開けすぎており、粉塵を活かした戦術には不向きだ。
その時、一つの倉庫が目に入った。
扉は半開きで、中にはベオルが握るのと同じ袋が無数に積まれている。
「ビンゴ!」
ベオルは息をつく間もなく、全力で倉庫へ駆け出した。
「今度は追いかけっこか?」
雨のように降りそそぐエリザのレーザーを掻い潜り、ベオルは滑り込むように倉庫の中へ。
中を見渡すと、無数の袋が積まれており、中身は同じ小麦粉だった。
「確か……一定濃度とか言ってたな……よし、この粉をばら撒けばいいのか」
ベオルは手に持った袋を乱暴に振り回した。粉が宙に舞い、倉庫内はたちまち白く霞む。
空になった袋は蹴り飛ばし、別の袋も投げる。粉塵が渦を巻き、空気がざわつく。
「おいおい……鬼ごっこかと思ったら砂遊びかよ」
追いかけてきたエリザは、粉に包まれた倉庫内を見渡し、眉をひそめる。
ベオルはそれを確認すると、重々しく倉庫の扉を閉めた。
粉塵──そして火種。準備は整った。
「いいや、ここがお前の墓場だ、似非シスター」
「あぁ? 野良犬風情が抜かしやがって」
ベオルの挑発に乗ったエリザは翼を大きく広げた。その動作で巻き上がる小麦粉が、倉庫内を舞い、空気は白銀に染まる。
「さぁ、俺はここだ!」
ベオルは両手を広げ、挑発の声をさらに張り上げる。
「いいぜ、お前はくし刺しにしてやるよ!」
その刹那。
エリザが放とうとしたレーザーが、舞い上がった粉塵に触れた瞬間、倉庫内は灼熱の閃光に包まれた。
バチィィィッ――!
熱と光が全身を叩き、耳をつんざく爆音とともに爆風が二人を飲み込む。白銀の粉塵は火の舌に喰われ、空気は熱と痛みで震えた。
ベオルの体は爆風に押され、宙に吹き飛ばされる。皮膚の奥まで刺す熱と、耳元で轟く耳鳴り。呼吸は粉と熱で息が詰まり、視界は一瞬、赤と白に塗り潰された。
エリザも翼をばたつかせ、光と煙の渦に耐える。だが機械化された関節は悲鳴を上げ、青白い光が装甲の隙間から噴き出す。
爆炎の残り火に照らされた彼女の瞳は、かつての威勢の影もなく、人間らしさを失っていた。
倉庫の外では、赤い点滅が夜空にゆらゆらと揺れ、立ち上る煙が炎の光を薄く覆い隠していた。
爆炎が消え去った後の静寂は、二人の荒い呼吸だけを残す。
瓦礫の下敷きになっていたベオルは、勢いよく体を抜け出し、仰向けに寝っ転がった。
全身を覆う粉と灰、瓦礫の埃にまみれながらも、荒い息を整える。
──瓦礫に守られたおかげで、爆発の直撃をかろうじて回避できたのだ。
一方のエリザは、かつての鋭利な機械の翼がもがれ落ち、青白い光を放つ回路から無数の火花を散らしていた。
胸部の装甲は歪み、機械部分は軋むような音を立てる。
「……まだ、動く……のか」
ベオルは血と粉で汚れた顔をしかめ、地面に手をつき立ち上がる。
目の前にいるのは、単なる敵でもない。
──もはや“化け物”と化したエリザだ。
エリザの瞳は冷たく、焦点が定まらない。人間だった頃の温度は失われ、残っているのはただ機械化された本能だけ。
「ぅ……あぁ……」
エリザの呻きは、まるでゾンビのように意識の薄れた声だった。
だが、無機質な機械の手足は正確に動き、キィィ……という駆動音だけが静寂の中で響く。
「もう……もう終わりにしろ……!」
ベオルは最後の力を振り絞り、荒い息を整えながら立ち上がった。
両腕の爪を握りしめ、全身の筋肉に力を込める。
──そして、突進。爪が鋭くエリザの機械化された体を切り裂く。
青白い光を放っていた回路が、火花を散らしながら静かに息を止める。
吹き飛ばされたエリザは、瓦礫と粉にまみれ、二度と動くことはなかった。
ベオルは重く息を吐き、膝から崩れ落ちる。全身の疲労と戦闘の緊張が、一気に押し寄せる。
「くそっ……胸糞悪りぃ……」
荒い呼吸の合間に、悔しさと憤りが入り混じった呟きが零れた。
それは勝利の歓喜でもなく、ただ戦い抜いた者だけに許された、荒々しい安堵の吐息だった。
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