Episode:11
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
ベオルと別れたジャックは、夜の街を抜け、ひとりアイドロンへと向かっていた。
車を降りた瞬間、空気が変わる。
腐食した鉄と焦げたオゾンが混じったような匂い――かつて研究都市だった頃の残り香が鼻を刺した。
廃墟と化したビル群の奥に、黒い巨塔のような建造物がそびえ立っている。
そこが、アイドロンの中枢だった。
入り口は厚い鉄格子で固く封鎖されている。
ジャックは周囲を一瞥し、壁際に埋め込まれた制御端末の前にしゃがみ込んだ。
右手の指先――人差し指と中指を並べ、静かに画面を撫でる。
ピッ……ピピッ……。
微かな電子音のあと、端末が脈を打つように明滅を始めた。
やがて内部のロックが解除され、鉄格子が重々しい唸りを上げて上昇していく。
その光景を見つめながら、ジャックはわずかに口の端を吊り上げた。
「……セキュリティの割には、お粗末なシステムですね」
鉄格子の向こうは、完全な闇だった。
照明は落ち、動力も止まっている。
だが――空気の奥底で、確かに“何か”が息づいている気配があった。
ジャックは無音の足取りで内部を進む。
指先を軽く構え、いつでも動けるように備える。
小さく息を吐き、闇の中へと一歩、足を踏み入れた。
――静寂。
しかしその静寂は、牙を潜めた獣の呼吸そのものだった。
次の瞬間、漆黒の空間が一斉に光を放ち、ジャックの姿がライトアップされる。
クスクス、と複数の女の笑い声が響いた。
暗闇の奥から、ひとりの女が現れる。
艶やかな金髪、唇に浮かぶ皮肉な微笑。
以前、ジャックと刃を交えた女――カトレアだった。
「こんばんは、カボチャ頭さん」
「これはこれは……奇遇ですね」
「ええ、本当に。ところで――カボチャ頭さんは、どうしてこんなところに?」
カトレアのヒールが床を叩くたび、音が金属の廊下に反響する。
彼女の後ろでは、修道服をまとった女たちが影のように並んでいた。
「歓迎されているようで、光栄ですね」
ジャックはネクタイを緩め、わずかに首を傾げる。
カトレアは妖艶に笑みを浮かべ、右腕を掲げた。
外装が滑るように変形し、指先から鎖状の金属球が現れる。
冷たい鉄の鈍光が、白い照明の下で妖しく煌めいた。
「申し訳ないけど、ここから先に行かせるわけにはいかないわ」
「それは、アイドロンとブリュンヒルデ教会が繋がっている――と肯定している、という理解でよろしいのでしょうか?」
「さぁ、どうかしら? カボチャ頭さんが知る必要はないわ。なぜなら――」
カトレアが指を鳴らすと、後方で待機していたシスターたちが一斉に襲いかかってきた。
「カボチャ頭さんは――今からスクラップになるのだから」
改造者たちが猛然と飛びかかる。しかし、ジャックは微動だにせず、反撃の気配さえ見せなかった。
だが、次の瞬間――襲い掛かってきたシスターたちは、まるで糸の切れた操り人形のように、床にばたりと倒れ伏せた。
「なっ……」
突如の出来事に、カトレアは目を見開く。慌ててジャックを見やると、そこには十本の指先から立ち上る硝煙が、薄く漂っていた。
鉄の匂いと火薬の残り香がわずかに空気を満たす。
ジャックの冷静な瞳と、静かに煙を漂わせる指先が、恐怖にも似た緊張感をカトレアに刻みつけていた。
「安心してください。麻痺弾で動きを封じただけです」
「麻痺弾……? いつの間に仕込んでたの?」
カトレアは目を見開き、思わず後ずさる。
「いいえ、瞬時に動きを予測して撃ったまでです」
ジャック――その冷たい瞳は揺るがず、まるで計算機のように正確に目の前の状況を解析しているかのようだった。
「馬鹿な! 予備動作もせずに!」
「私はこれでも高性能なんですよ」
言葉は淡々と、しかし確信に満ちている。
「相手の骨格や施されている改造で、おおよその動きを予測できます。その動きに合わせて指先の銃口を微調整し、跳弾させただけです」
もし、可能だとしても――十人同時に動きを予測する?
脳の処理が追いつくはずがない。仮に追いついたとしても、あの刹那で膨大なデータを処理し、十人のシスターを無力化するなど……。
そんな神業が存在するわけがない――カトレアは自分にそう言い聞かせた。
でも、目の前の現実は嘘をつかない。
目の前の、どこか愛嬌のあるカボチャ頭――ジャックは、自分より遥かに格上だった。
「このような芸当ができたのね……最初の戦闘は手を抜いていたのかしら?」
カトレアの声はかすかに震えた。威勢のいい言葉も、どこか裏返ってしまう。
「いいえ、手を抜いていたわけではありません。不快に思われたら申し訳ございません」
ジャックは深々と頭を下げた。
「この弾丸自体、数に限りがありますのでね。無闇に撃つことができないのですよ」
そう言って、彼は右手の人差し指を唇の位置に――“口のあるはずの場所”に――添える。
カボチャの顔には表情など存在しないはずなのに、その仕草だけで笑っているように見えた。
底の知れない、歪な優雅さを纏って。
「――撃つ時は、一撃必中」
低く囁くような声。
刹那、カトレアの背筋がゾクリと凍る。
それは戦士としての本能が告げる“格の違い”だった。
カトレアは奥歯を噛みしめ、武器に変えた右腕に力を込める。
「そうですか……なら、私に対して撃つ暇はあるかしら!」
カトレアが吠えると同時に、鎖が唸りを上げた。
鉄球が蛇のように宙を走り、鋼の鞭が空気を裂く。
閃光のような一撃が、ジャックの頭部めがけて振り下ろされた――
――その瞬間、鉄球は空中で破裂した。
金属片が爆ぜるように四方へ散り、火花が飛び散る。
カトレアは思わず目を見開いた。
「えっ……?」
爆音の余韻の中、時間だけが止まったように感じた。
ジャックは微動だにせず、ただ右手をゆっくりと下ろしていた。
指先の銃口からは、かすかに煙が立ち上っている。
――まさに、鉄球があった“その瞬間”を撃ち抜いたのだ。
理解が追いつかない。
カトレアの鉄球は、ただの鉄の塊ではない。
軍用合金を幾層にも鍛接した特製武具――二十二口径の弾丸を数発叩き込んでも、かすり傷一つ付かないほどの硬度を誇る。
それを、あの男は――指先から放った、たった一撃で粉砕した。
鉄球の断片が床を転がるたび、カトレアの常識が音を立てて崩れていく。
視界の端で、金属片が照明を反射して煌めいた。
その光景はまるで、戦場の花火のように美しく、そして――悪夢のように現実的だった。
カトレアの喉が、かすかに鳴る。
恐怖か、驚愕か、それとも……。
目の前のカボチャ頭が、いまや怪物に見えてならなかった。
「あ……あなたは、一体……何者なんですか」
声が震えていた。
戦場で何度も死線を越えてきたカトレアですら、いま感じているのは“畏怖”だった。
「私は――Jack・O・Lantern」
男はゆっくりと名を告げる。
カボチャの仮面の奥から響くその声は、機械のように冷静でありながら、どこか底知れぬ人間味を孕んでいた。
「ただの便利屋ですよ。依頼された仕事を、淡々とこなすだけの」
その言葉は静かだが、なぜか“処刑宣告”のように響いた。
カトレアの喉が鳴る。先ほどまでの妖艶な笑みは、すでに消え失せていた。
代わりに浮かんでいるのは、恐怖と焦燥――そして、わずかな決意。
「まだです……これは使いたくありませんでしたが」
カトレアは後ずさりながら、自らの胸元へ手を滑り込ませた。
指先が衣の奥を探るように動く。
白い指が触れたのは、一つのメモリーチップのような小さな媒体だった。
「……なるほど、まだ奥の手がありましたか」
「ここで負けるくらいなら――私は、化け物になるわ」
カトレアはゆっくりと舌を出した。
紅い唇の間から覗く舌の中央には、金属の接合部が走っている。まるで人間の皮膚の下に、無理やり機械を埋め込んだようだった。
その人工舌のスロットへ、小さなメモリーチップを差し込む。
瞬間――。
ビリッ、と空気が弾けた。
全身を駆け巡る青白い電流が、まるで生体回路を焼くようにカトレアの身体を蝕む。
白目を剥き、喉の奥から獣のようなうめき声が漏れた。
「っ――あ、ぁああッ……!」
その身体が激しく痙攣し、膝から崩れ落ちる。
金属が軋む音と共に、カトレアの肌の下で“何か”が動いた。
背中の装甲がせり上がり、体内の機械構造が露出する。
血と油が混じった液体が、滴のように床に落ちた。
ジャックは一歩も動かず、それを静かに見つめていた。
まるで人が花が開く瞬間を眺めるように――ただ観察するだけの目で。
「自己改造の上書きですか……いや、これは……まさか!」
もはやカトレアの身体は、人間の姿を保っていなかった。
白い肌の下から、黒鉄の装甲と回路が蠢き出す。
骨格そのものが軋み、形を変え、全身の八割以上が機械に置き換わっていく。
血液の代わりに、青白い光が血管のように流れた。
それはまるで――光が彼女の命を燃やしているかのようだった。
「はぁっ、はぁっ……これが……私の“真の姿”です……カボチャ頭さん……ッ!」
カトレアの瞳孔は完全にデジタルアイへと変質し、瞳の奥で青い文字列が走る。
空気が低く唸り、金属とオゾンが混じった匂いが立ちこめる。
ジャックは、わずかに息を呑んだ。
その目の奥に、過去の戦場の残響がよぎる。
「――まさか……」
彼の記憶に焼き付いていた、死と狂気の兵器の名。
それは、人智から逸脱した呪われた戦争技術。
「《Furiesprogram》……!」
その名を口にした瞬間、空気が爆ぜた。
カトレアの背から、三本の光の尾が噴出する。
それは触手のように揺らめきながら、青白い残光を引いてジャックを包囲した。
「亜人戦争で使われた、呪われし遺物が――なぜここに!」
ジャックの低い声が、鋼の響きを帯びる。
レンズの奥で、赤い光が強く輝いた。
目の前の敵は、もはや“人”ではない。
そして同時に――この街の闇が、想像を超えた深淵へと繋がっていることを、彼は悟った。
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