Episode:09
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
相談所から数キロ離れた繁華街。
夜の帳が下り始めた街は、ネオンと煙と汗の匂いで満ちていた。
安酒の臭いと排気ガス、そして――血と鉄の香りが混じり合い、息を吸うだけで喉が焼ける。
ここは“下層街”と呼ばれる無法地帯。
屋台の隣では娼婦が客引きをし、角を曲がれば違法ドラッグの売人、さらに奥には人身売買のブローカーが並ぶ。
そして表通りでは、魔改造者専用のパーツが堂々と売買されていた。
ベオルは眉をひそめる。
「……相変わらず、腐った街だな」
「えぇ。ですが、こういう場所ほど“真実”が流れています」
ジャックの声は冷静だった。
彼はポケットから薄型のカードキーを取り出し、古びた雑居ビルのドアにかざす。
カチリ、と小さな音がして、ロックが外れた。
「ここは?」
「私の古い“ツテ”です。情報屋をやっている……少々、癖のある人物ですが」
階段を上るたびに軋む鉄骨。
壁には落書きと弾痕、そして乾いた血の跡。
上の階に行くにつれ、電子音と低い機械の唸りが混ざり始めた。
四階の突き当たり。
ドアには《BABEL DATA MARKET》と書かれたプレートが貼られている。
その下には、油で汚れたステンシル文字――《WE BUY ANYTHING》の文字。
ジャックが軽くノックする。
すぐにドアの奥から女の声が返ってきた。
「……パスコード」
「“天使は堕ちて、データは昇る”」
数秒の沈黙。
そのあと、電子ロックが外れる音。
ドアがゆっくりと開き、紫色の照明が中から漏れ出した。
煙草と香油の匂いが混じったその部屋の中央――
無数のホログラム画面に囲まれた椅子に、一人の女が脚を組んで座っていた。
髪は銀色。瞳は蛍光ブルー。
肌の一部には、金属の回路が浮かんでいる。
「久しぶりね、ジャック」
「お久しぶりです、Miss.シエラ。あなたの“情報網”を少し拝借したくて」
ジャックが軽く礼をすると、シエラは唇を歪めた。
「情報ならタダじゃないわ。こっちも“対価”が必要」
彼女の瞳が、ベオルの巨体をなめ回すように見た。
「でっかいの、あなた……いい筋肉してるじゃない。闘技場に出たら、結構稼げるんじゃない?」
ベオルの耳がピクリと動く。
「……冗談だよな」
「半分はね」
シエラは肩をすくめ、タブレットを操作した。
するとホログラムの一枚が切り替わり、ブリュンヒルデ教会のマークが浮かび上がる。
「で、何の情報をお求めで?」
「ブリュンヒルデ教会――その“寄付金の流れ”を追いたい」
ジャックの声が落ち着いているのに対し、シエラの表情は興味に満ちていた。
「……あんた、相変わらず危ない橋を渡るわね」
「危険な橋ほど、向こう岸に宝が眠っているものです。それに……危険があるってことは、何か有益な情報を握っている証拠です」
ジャックはそう言って、懐から一枚の古い銀貨を取り出した。
テーブルに転がると、鈍く光を反射する。
「先払いです」
シエラは銀貨を指先でつまみ、艶やかに笑った。
「いいわ。地獄行きのチケット、発行してあげる――“紳士さん”」
赤い非常灯が揺れる中、シエラはカウンター下から小型のホログラム端末を取り出した。
青白い光が宙に浮かび、複雑な金流ネットワークの図形が投影される。
「――見える? これが、ブリュンヒルデ教会の“寄付金回路”。名義上は慈善団体や孤児院支援の口座だけど、実際には裏資金が流れてる」
ホログラムの線がひとつ、赤く点滅する。
その先には、ひとつの企業ロゴ――《Eidolon Systems》の文字。
「Eidolon……亡霊の意ですか」
ジャックの声が低く響く。
「この企業、名前だけ聞いたことがあります。“人格のデータ化”を研究していたはずです」
「正解よ。十年前、倫理委員会に潰されたはずの企業。でもね――亡霊は、いつだって棺桶の中で寝てないものよ」
シエラはウィスキーを一口飲み、唇の端で微笑む。
その笑みには、危険と艶が等量に混じっていた。
「この金の流れが“どこに消えるか”を辿れば、教会の裏の顔が見える。でも、そこに踏み込めば――本気で命を取りにくるわよ、ジャック」
「構いません。命なら、何度か取り落としたことがありますので」
「……ほんと、冗談が死人じみてるわね」
シエラは小さく笑い、端末からデータチップを抜き取って差し出した。
黒いチップの中で微かに青い光が脈打っている。
「これを持っていきなさい。旧市街の地下回線を経由してる。直接接続すれば、“アイドロン”の資金サーバーに潜れるはずよ」
ジャックはそれを受け取り、スーツの内ポケットに収めた。
指先にわずかに触れるチップの鼓動が、まるで心臓の拍動のように感じられた。
「借りができましたね、Miss.シエラ」
「いいのよ。いつか“返す”って言葉、アンタ本気にしない人でしょ?」
「ええ。ただ――“借り”は帳簿に残す主義なんです」
シエラの笑みがまた艶を帯びる。
「だったら、次はちゃんと“生きて返しに来なさい”。死人との取引は、さすがに趣味じゃないから」
ジャックは軽く会釈し、ベオルと共にバーを後にした。
扉を出た瞬間、外気が冷たく肌を撫でる。
夜の街が息を潜め、監視ドローンの赤いセンサーが遠くで瞬いた。
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