表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

すいか講

作者: 蘭鍾馗

西瓜と男の子の幽霊のお話。

全然怖くない話になってしまいました。

 西瓜はお好きだろうか。


 あの大きな緑色の実を井戸水で冷やして、アルミの大きなお盆に載せたら、菜切包丁で頭からぱりっと二つに割る。割ると、真っ赤な果肉の中で、黒い種が弧を描いて並んでいる。

 これをさらに二つずつに切る。

 これを横に切って、三角形にして食べるのも悪くはないが、どうせなら大きいまま櫛形に切って、両手に持って食べたいものだ。

 縁側があればなお良し。夕涼みも兼ねて縁側に座り、かぶりついては種を飛ばす。


 西瓜を食べる時は、こうありたいものだ。


 ◇


「いいですねえ。」


 カウンター越しに、バーのマスターが相槌を打つ。ここは私の行きつけのバーで、私は仕事帰りに一杯やっているところなのだ。


 でもねえ、私のような独り者には無理なんですよ、これが。

「確かにねえ。」

 井戸水で冷やしてとか、縁側でなんていう以前に、一玉買って包丁でぱりっと、というのがまず出来ない。食べきれないからね。

「そうですねえ。」

 西瓜大きすぎ。

「でも、小玉西瓜じゃ気分が出ない。」

 そうそう。

 あ、ギムレットお代わり下さい。

「はいはい。」


 ◇


 今日は客が少ない。

 ギムレットを飲んだところで、客は私一人になってしまった。

 ギムレットのお代わりが来た。


「お客さん。」


 マスターが話しかけてきた。

「先程の西瓜の話なんですけどね。」

 はい。

「一玉ぱりっと割って食べませんか?井戸水で冷やしたやつを、縁側に座って。」

 え?

「実は私、五年ほど前から『すいか講』というのをやってましてね。」

 スイカコウ?

「講というのは、まあ昔の互助会みたいなやつですね。まあ、私のは互助会というより、共同購入みたいなもんですけど。」

 西瓜の共同購入?

「そう。ほらさっき、独り者は西瓜を一玉買って食べられない、って話されてたでしょ。実は同じようなことを言われるお客さんが、何人かいらっしゃいましてね、じゃあみんなでお金を出しあって高級西瓜を買って、それを持って田舎家に行って、井戸水で冷やして、みんなでぱりっと割って食べよう、っていう会を始めたんですよ。」

 それが「すいか講」?

「そうです。如何ですか。参加しませんか?」


 ◇


 酒が入っていたせいもあったかも知れないが、私は二つ返事でその怪しげな「講」に入った。マスターとメアドを交換し、会費を払った。「こういうのは信用が大事ですから」と領収書まで切ってくれた。


「講」の開催は、二ヶ月後の七月中旬頃だそうだ。


 ◇


 七月上旬、マスターからメールが来た。


「今年はでんすけです。」


 あれ、一玉一万円くらいするんじゃなかったっけ。

 添付ファイルは、会場と日時の案内だった。

 夕方から始まり、一泊して翌朝朝食を食べてから解散、という短い会だ。


 ◇


 いよいよ当日。マスターは最寄り駅迄送迎してくれると言ったが、私は自分の車で直接行くことにした。

 来てみると、なかなか立派な田舎家である。屋根はなんと茅葺きだ。今時茅葺き屋根を維持するのは大変なんじゃないだろうか。

 この田舎家は、マスターが十年程前に買ったものだそうだ。役所の紹介で購入したので移住促進の補助金が出て、金額は教えてくれなかったが格安だったらしい。


 庭には他に三台程車が駐まっていて、五人程の人がたむろしている。すいか講の方でしょうか、と声をかけ、取り敢えず私は新顔なので、自己紹介をする。女性が二人いたのは予想外だった。

 聞くと、今年の参加者は八人で、残り二人は今マスターが駅に迎えに行っているという。


 程なくマスターの車が戻って来て、これで全員揃った。車には、買ったばかりの大玉のでんすけ西瓜も四つ載せられていた。マスターも入れて九人で食べるなら、十分な量だ。


 ◇


「じゃあ、早速西瓜を冷やしましょうか。三つは家の裏の湧き水で冷やします。残り一つは井戸で冷やします。」

 車から西瓜を下ろす。私以外の参加者は手順をすっかり心得ていて、西瓜を三つ抱え、裏の湧き水へと運ぶ。

「手伝ってもらえますか。」

 私とマスターで、残りの一つを井戸へと運ぶ。


 西瓜を冷やす井戸は、随分と古そうな代物で、井戸を囲む石垣は全体に苔むして、羊歯が生えていた。だが、つるべの支柱や井戸の屋根、滑車、桶などは新しく作られていた。

 マスターが桶に西瓜を入れ、落ちないように桶ごとロープで縛る。これを井戸の中に下ろすのだが、ここで私に大事なことを一つ説明するという。


「西瓜が冷えて井戸から上げたら、いつの間にか小さな男の子が一人居ると思いますけど、驚かないで下さいね。その子も参加者の一人ですから。」

 参加者の誰かの息子さんですか、と聞こうとしたが、でも参加者は全員独身者だと聞いていたはずだった。


「その子、実は幽霊なんです。」


 え?


 ◇


 マスターから、そもそもの事の起こりについての話を聞く。


 この田舎家を買った時、この井戸は使われておらず、長年放置されている様子だった。水道は引かれているので井戸は必要ないのだが、マスターはこれを再生しようと考え、業者に頼んで井戸浚いを行った。

 ところが、井戸浚いをしてみたところ、井戸の底の砂の中から、子供の人骨が出てきたのだ。すわ事件か事故かと大騒ぎになった。

 警察が来て調べたところ、この人骨はだいぶ古いもののようで、鑑識で調べた結果、明治か大正の頃のものだという。地質のせいでこの辺りの水にはカルシウムが多く含まれており、人骨に沈着した石灰の様子から、それくらいの時代のものだと推定されたのだそうだ。

 骨は近くの寺に持って行き、無縁仏の墓に入れてもらった。法要も行ったという。

 井戸の方は、封印することも考えたが、使うことが供養になるかもしれないと考え、予定どおり井戸浚いを行って再生したそうだ。


 そのうち「すいか講」が始まり、井戸で西瓜を冷やして上げてみると、いつのまにか小さな男の子が居る。だが、話しかけると、怯えたような顔をして、次の瞬間ぱっと目の前から消えてしまう。

 最初の頃は、消えるとそれっきりだったのだが、最近は慣れてきたのか、しばらくするとまたどこからか現れるようになったという。


「あの子は、大人が怖いんですよ。」

 マスターが言う。

「もしかしたら、親から虐待されていたのかも知れませんね。」


 ◇


 西瓜が冷えた。


 湧き水で冷やしていた三つが、座敷に運ばれる。私とマスターは井戸の一つをを引き上げに行く。

 つるべのロープを引いて西瓜を引き上げる。引き上げたら桶ごとしばっていたロープをほどく。いい冷え具合だ。

 西瓜を抱えて持っていこうとすると、いつの間にか私の横に小さな男の子が居る。


 この子か。


 くすんだ青色の着物を着た、小さな男の子だ。

「目を合わせないようにして、知らん顔をしていてください。この子、勝手に付いてきて座敷に上がりますから。あと、大きな声をださないように。」

「なんだか野生動物みたいですね。」

「はは、そうですね。」


 ◇


 座敷に大きなテーブルを出し、テーブルの脇に四つの西瓜を置く。皆テーブルを囲んで座り、各々に皿が配られる。皿の数は、十枚。

 例の男の子は、いつの間にか席について、満面の笑みを浮かべて座っている。

 テーブルの真ん中にアルミの大きなお盆が置かれ、その上に一つの西瓜を載せる。

 西瓜を横にし、まずは菜切包丁でヘタの周りを、円盤状に小さく切り落とす。

 終わったら、切ったところを上にして置き直し、上から包丁で半分に割る。


 ぱりっ。


 いい音がして、西瓜が半分に割れる。

 真っ赤な果肉が姿を現す。

 皮は薄目で、果肉の色が濃い。黒い種すら食欲をそそるようだ。

 それを、さらに半分に切る。

 そこから、さらに櫛形に切って、皆に配る。

 真っ先に受け取ったのは、例の男の子だ。

 座ったまま体を上下に揺すって、嬉しそうだ。

 一口食べる。「甘い!」とか言っているのかも知れないが、声は聞こえない。


 男の子の嬉しそうな様子を見て、少し安心する。だが、良く見ると、男の子の顔や腕には、幾つもの痣があった。虐待を受けていたという話は、本当なのかもしれない。


 おっと、目を合わせてはいけないのだった。

 では、我々も西瓜を頂こう。


 甘い。


 ◇


 二切れ目は、縁側に出て食べる。


 夕方になって風が出てきて、縁側は丁度いい具合に涼しくなってきた。

 皆で縁側に座って西瓜を食べる、その真ん中には、もちろん例の男の子が居る。

 西瓜にかぶり付いては、種を飛ばす。なんだか子供の頃に戻ったような気分だ。

 男の子は、皆に囲まれたまま、優しく無視されながら、夢中で西瓜を頬張っては、種を飛ばしていた。


 そうやって、皆、気が済むまで西瓜を食べた。

 やがて、西瓜だけで満腹になってしまった。


 男の子は、いつの間にか居なくなっていた。


 男の子が座っていた席には、手付かずの西瓜が、皿の上に置かれたままになっていた。


 ◇


 翌朝の朝ご飯には、西瓜の皮の浅漬けが出てきた。マスターが昨日の西瓜の皮で作ってくれたのだ。

 これがまた美味しいし、ご飯に合う。なんだか、子供の頃の夏休みを思い出させる味だ。

 男の子が居ないので、皆、もう普通にしゃべっている。あの子は、毎年泊まってはいかないらしい。


「西瓜は好きだけど、皮の浅漬けには興味がないみたいですね。」

 成る程。

 まあ、あれは大人の味、ってことなのかな。


 ◇


 朝ご飯が終わると、皆、三々五々帰路に付いた。昨日マスターが駅から送迎した人は、他の人が車で駅まで送った。


 私は、後片付けを手伝うと言って居残った。


 あの子、そのうち目を合わせても消えなくなってくれますかね。

「どうでしょうね。あの様子だと、生前にだいぶ怖い目に逢っていたようですからね。むしろ、成仏したらもう出てこなくなるのかも。」


 そうかあ。


 ◇


「手伝っていだいてありがとうございました。西瓜の残り、食べていきませんか?」

 残りって?

「男の子が食べた分。」

 ああ。


 マスターが冷蔵庫から、ラップをかけた西瓜を一切れ取り出し、ラップを剥がすと、二つに切った。


 ありがとうございます。頂きます。



 冷蔵庫で冷えて、表面が少ししんなりした西瓜は、切ない味がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
またろーさまのエッセイ《「夏のホラー2025」のおすすめ作品を紹介していく》から来ました。 瑞月サマの感想にもありましたが優しい気持ちになりました。  コロンはガチコワに走りガチですが、怖くない、ほ…
なんだかとても優しい気持ちになりました。 生前できなかったたくさんの楽しいを経験して、満足できたら成仏してくれそうです。 マスターさんもいい方で良かったです。 読ませていただきありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ