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第6話 夕暮れ、リアの告白

 ほとんどの子供が告白を終え、ジルの番となった。


井戸で見せたのと同じ不敵な笑みで、隣に座っていたリアに一つ視線を送った彼は、もったいぶるように自らの悪事を語りだす。


「おれはなぁ……ファルマばあちゃんの糸巻きを盗んだ!」

「はあ!?何やってんのお前!」


即座にリアがいきり立った。

 友だちに対する盗みを得意げに語られたのでは、そりゃ怒る。


 周囲の子供らもギョッとして場が沸き立つ。何人か盗み食いを白状した子供はいたが、それはあくまで身内での行為であったし、対象も木の実のようなちょっとした食べ物だったのだ。しかしジルとファルマの関係は精々近所に住む子供と大人でしかなく、多大な時間をかけて作られる糸巻きは貴重だった。


「………ジル、今言ったことは本当かい?」


ディグの一言に、騒がしかった場が静まる。

先程までと同じトーン、間で言われているのに、温かみがごっそりと抜け落ちた声だった。


「お、……おう!」


ジルは少々狼狽えながらも負けじと強い語気で返事をする。


「そっか。………どうしてそんなことをしたんだろう?」


フォローするより先に理由を聞くあたりから、ディグの静かな怒りが伝わってくるようだった。いや、怒りというよりも緊張なのかもしれない。もしこの少年が手のつけられない悪童なのだとしたら、果たして自分は彼をきちんと諭せるのだろうか、という緊張、そしてそんな彼を自分はこれまでのようにこの村の大切な子供らの一人として愛していけるのか?という緊張だった。

 いやそもそも、己に都合の良い存在だけに与える愛は果たして愛と呼べるのか?今こそ自分は彼らへの愛を問われる時なのだろうか………などと色々考え過ぎて目の前の問題とは関係のない哲学にまで到達しようとする始末だ。

 ディグお兄さんはこの村の子供のことになるとしばしば思考がバグる。


 真に怒りを抱いていたのはディグよりもリアだった。

 ジルの告白の途端に立ち上がった彼女は、あらゆる感情が削ぎ落ちた真顔でジルをじぃーっと見ていた。まだ事情を聞いていないため、心中の怒りをかろうじて押し込めている状態である。だが当然押し込めたところで煮えたぎるマグマが鎮火する訳もなく、もしふざけた理由で盗んでいやがったらこいつ、どうしてくれようか……と思考を巡らせていた。


 そんな彼彼女の心中を知りもしないジルは、張り詰めた空気──特に異様な様子の二人に幾分か気圧されたようだが、それでも虚勢を張って得意げに……得意げなふりをして言う。


「ファルマばあちゃんが機織りのやり方を見せてくれた時に盗んだんだ」

「そう。どういう流れで?」

「ばあちゃんが黄色に染めた糸巻きを見せて持たせてくれて、おれはきれいだなぁって思いながら見てたんだ。そしたらいきなり父ちゃんがおれを呼びに来たんだよ。仕事手伝えーってさ。で、おれも分かったよ!って叫び返して、慌てて父ちゃんのとこに行こうとしてさ。そんで糸巻きを持ったままうっかり……」

「ん?うっかり?」

「おう!うっかり盗んだ」


場の緊張が一気に霧散する。リアは即座に着席した。


「………うん……うん、うん。それで、その糸巻きは?」

「え、追いかけて来たばあちゃんが教えてくれてすぐ返したけど……」

「バーカ」

「あ!?リアお前今バカっつったか!!」


瞬間湯沸かし器のように怒り出すジルにリアは半目でべえと舌を出した。紛らわしいことを言う方が悪い。


「はああああああ……びっくりした、本当にびっくりしたよ……うん。でもそうだよね、ジルだもんね。君の言葉をそのまま信じた僕をどうか許して欲しい」

「いや、そのまま信じて欲しいんだけど………」


心臓を抑えるディグはこの場の誰よりもホッとした表情をしていた。

 表情にも声音にも一気に温度を取り戻している。一人自分が盗みをしたと信じ込んでいるジルだけが周囲の態度の急変に戸惑っていた。


「えっとね、ジル。それはさっきのミリーと同じパターンだ。意図せずうっかりやってしまったことは、悪いことではなくて失敗という。だから君のそれも単なるうっかりミスであって、盗みには当たらないよ」

「えー!でも勝手に人のもの取ってったんだぜ?ばあちゃんも困ったと思うし。盗みだろ」


不満げな様子のジルにディグは天を仰いでいた。愛しさを噛み締めていたのだ。素直で善良な子供にふれた時の彼の挙動は大分おかしい。


「………うっかりだとしてもファルマさんに迷惑をかけたことを、気にかけているんだね。とても、とても素晴らしいことだ。でもやっぱりそれはここで告白すべき罪ではないよ」

「えぇ……でもよぅ………」


ディグは満面の笑みだった。彼が問題児どころか周囲への配慮もできる優しい少年だと知り嬉しかったのだろう。反応が大袈裟すぎてちょっと気持ち悪い。


「他にないかい、ジル。うっかりじゃなくて、魔が差してやってしまったこと」

「んー……盗み食いならちょっとだけやったけど………」

「はいはい盗み食いね。次からは誘惑に負けないように」

「でもぉ………」

「………随分不満そうだね」


ジルは誤解が晴れて喜ぶどころかぶすくれている。不思議そうなディグに彼は口を尖らせて言った。


「そんなんじゃリアに勝てねーじゃん」


ディグの輝いていた笑みは引っ込み、眉尻を下げた困った表情になった。


「ジル、これは勝ち負けを決めるようなものじゃないよ。それに、より悪いことをした方が勝ち、という考え方も良くない」

「分かるけどぉ……おれが勝って選ばれないと、またリアだけチャナトもらえねーだろ」

「あ、要らない要らない」


リアが笑顔で首を振りながら手をひらひらと左右に振った。


 ジルが言っているのはディグが持って来た籠に入っている、沢山の小麦粉菓子のことだ。集会の後にはいつもサウスリアの伝統菓子であるチャナトが子供たちに配られていた。ただし、一番悪いことをした子供だけはもらえない。その子供が代わりにもらうのは木炭である。

 これがこの行事のクリスマス的側面だ。良い子にはプレゼントを、悪い子には木炭を、という訳である。

 各家でも自分の子供に何かしらのプレゼントを用意しているのだが、事情があって親からもらえない子のため、毎年全員にこの集会を通してチャナトが配られていた。


 リアは集会に参加してからというもの、殿堂入りしても良いくらいに毎年一番の悪さをした子供に選ばれている。よって彼女はいつもチャナトの代わりに木炭を受け取っていた。それをジルは気の毒に思っているらしかったが、リアはチャナトが嫌いだったので全くもって要らない。木炭を受け取ることをむしろ喜んでさえいた。


「……そうか、ジル。君はお友だちのためにのために…………自ら泥を被ろうとしたんだね」


感極まったディグが口を抑え、グッと目を瞑っていた。泣くのを堪えているのだろうか。大分気持ちが悪い。近くにいた子供らは少し距離を取った。


「でもやっぱり勝ち負けでは無いし、そういうのは良くないね。それに初めからリアがやらかしていると決めつけるのも失礼だろう」


よく言う、とリアは半眼になった。

 リアの告白は大トリなのだが、この順番を決めたのはディグである。「じゃあ君からね」とリアの隣の子供を指してしれっと彼女を最後に置いたのだ。どう考えても何かしらやらかしていると予想しての采配だった。


 しかし何を考えているのやら、ディグはここに良い子じゃない子はいない、と言った時と同じ笑みのままリアを促す。


「次はリア、君が最後だね。さあ言っておやり」

「レックたちを追い剥ぎしたのちその服を川に捨てました……」

「ジル、君の負けだ」

「ほらぁ…………」


別格であった。


 ディグが手の平を返すほどに圧倒的である。周囲はドン引きして静まり返ったし、浮遊体ですら慄いたそぶりで距離をとっていた。それに対し彼女は、「え、あたし何かやっちゃいました?」とラノベ主人公のような顔をして首を痛めたポーズをしていた。何かやってるからドン引きされているのだ。


「…………うん……うん………うぅん???」


微笑ましい悪戯レベルの告白からガチの犯罪の落差に、流石のディグも処理落ちしていた。

 だってもううっかりとかじゃない。言い方からみても明確に悪意が詰まっている。


「………えっと、ちなみに、何を追い剥いだんだい?」


混乱した挙句訳の分からない質問をしてしまった。それでもリアはキョトン、とした顔で「下穿き」と一言返す。


「………下穿き、……下穿きかぁ……………」


丸出しにされたのかな………とディグは遠い目をする。

 追い剥ぐチョイスからして悪意がすごい。


「うん………うん………まあ良いや…………良いか?………良いってことにするか。………えっと、そんなことをしたのはあれかい?いつもの?」

「やられたからやり返しただけ」

「いつものかぁ〜……」


ディグは腕を組み、うぅん……と考え込んでしまった。

 常に穏やかな彼にしては珍しく眉間に皺が寄っている。


 彼女が毎年サウスリアの集会で一番の悪ガキとして選ばれる原因はこれだ。

 レックたち、とは隣村の悪ガキどもなのだが、彼らは周りから見下されているウェルツ村の子供を、格好の獲物としていじめてくるのである。

 これまではその度に大人に慰めてもらったり仲間内で励まし合ったりと、まあ実質泣き寝入りをしていたのだが、リアは違った。

 彼女は悪口を言われれば倍の罵倒で返し足を引っ掛けられれば落とし穴に落とし殴られれば顎に頭突きを食らわせてやり返した。目には両目を、歯には全歯を、というやり返し具合だった。


 ディグの道徳感的には、リアのこの所業は到底受け入れられるものではない。しかしやられている間ただ耐えろと言い切るほど、自分の正義を子供たちに押し付けたい訳でも無かった。

 しかもリアの場合、やり返すのは自分に被害があった時のみでは無いのだ。


 子供らの輪の中でおずおずと小さな手が上がる。みんなの注目を集めた気の弱そうな少年は、泣きそうになりながら必死に訴えた。


「あの、り、リアはね。ぼくがね。レックたちに服を、取られてね。笑われてた時にね、怒って取り返してくれたの」


その時のことを思い出したのか、しまいにはグスン、と泣き出してしまった少年を見て、リアは笑顔で振り返る。


「ね、殺すしかないでしょう?」

「こら!殺すなんて使っちゃダメだ!」


大なり小なりいじめられたことのある子供たちの顔が曇り、少年と同じく訴えるようにディグの方を見ている。


 そう、これだ。


 リアが殊更悪質にやり返すのは、必ず他の子供が先にいじめられた時だった。

 リアのいきすぎた発言には注意をしたディグも、内心弱り果てる。


 子供らとて、多分リアがやり過ぎなことも分かっているのだろう。でもその理由が自分たちを傷つけられた怒りだったり守るためだったりするから、単純にリアが悪いことをした、と片づけられるのはどうしても納得いかない。

 ここで下手な説教でもすれば、リアに守られた子供たちまで傷つけるのは目に見えていた。しかし当然リアの行為が正しいと肯定する訳にもいかない。


 どうしたもんかな、とディグは苦い笑みを浮かべる。


 揺らめく炎を映す子供たちの目が、自分という大人を見定めているようにも思えた。

 

 


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