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第3話 昼時、井戸での水汲み

 ようやく薪作りの作業が終わったのは、太陽が空高く登った昼前だ。


 「このくらいで良いだろう」

トムおじさんの声かけで、リアはその場に腰をつけてへたり込む。何故か隣で浮遊体もへたり込む。あんた何もしてないでしょと睨み付けるもあれからずっとおじさんのそばではしゃいでいたのでそのせいかもしれない。精霊にも疲れの概念があるかは定かでないが。

 木の枝を折る最中ずっと片膝をつけていたため、膝が痛い。疲れる度に地面につける方の膝を交代していたのだが数時間もやっていればどちらの膝にも限界が来ていた。

「流石に多くない!?」

『ピウー……』

どんなにヘトヘトでも口だけは達者に動くリアは、疲れました、もう一ミリも動きたくありませんと雄弁に訴えるへたり込み方をしながら元気いっぱいに喚く。ついでに浮遊体も疲弊した声を出す。

「終わったんだから良いだろ」

「終わったことと量が多かったことは関係ないじゃん」

 こちらを納得させる気があるような無いような屁理屈だ。リアは先程よりもさらに疑惑の目を強めた。去年のサウスリアの準備を思い出してみても、今日の量は絶対に多い。去年の今頃もこうしておじさんを手伝っていたが、昼前までかかるなんてことはなかった。

「…………………テッドの奴が今寝込んでんだろ」

リアの視線の圧に耐えかねたのか、誤魔化すのを忍びなく思ったのか、おじさんが渋々と口を割る。

「あの家の分だ」

「ほらぁ!やっぱり!」

テッドとはジョアの父親のことである。彼は先日、屋根の修理中に梯子から落ちて足を痛めていた。幸いにも順調に回復は進んでいるが、まだまともに仕事が出来る状態ではないため療養中だ。

 一番の働き手が動けないテッドの家は、きっとサウスリアの準備を手伝える程の余裕はない。だからおじさんが引き受けたのだろう。

「仕方ねぇだろ、仕事ってのはやれる奴がやるもんだ」

「それは分かってるけどおじさん一回サウスリアのせいだって誤魔化したでしょ。すっごい呆れた感じでさぁ!ちゃんと言ってくれれば良いじゃん」

「言ったらお前、文句垂れるだろ」

「言わなくっても垂れてたでしょうが!!」

堂々と言うことではない、とおじさんは白けた目を向ける。

 思い返せばこいつ、毎朝毎朝「寒い」「多い」「膝が痛い」と飽きもせずに喚いている。その度に「やかましい」と自分が一蹴してきたのだけれど。

 そうか、元から不満を言いまくっているのだから仕事が増えたところで同じように不満を言いまくるだけなのか、と妙な発見をしてしまった。

 他人の仕事を手伝わされても態度が変わらないことを褒めるべきなのか、元々の態度を改めさせるべきなのか、おじさんはしばし悩んだ。

 目を閉じて黙り込んでしまった彼に、リアは口を尖らせて続ける。

「それにさぁ、手伝ってもらってるのはうちも同じじゃん。そういうので文句言ったりはしないよ」

 彼女の家は父親がいないため、おじさんを筆頭とした村の人々に支えてもらうことでどうにか暮らせている状況だ。

 それをリアは自分なりに分かっているつもりだったし、その恩を棚に上げて他人への手伝いを嫌がる奴だと思われるのは心外だった。

 閉じていた眼を開け、おじさんはまじまじとリアを見つめる。

 リアの言うことは至極真っ当である。

 真っ当ではあったが、片親であるが故に同年代の子らが遊んでいる時でも一人働かなければならない子供が、それを納得し他人を手伝うことにも不満を言わないのは、かなり稀有なことのように思われた。

 彼女は不満も多いし我儘も言う、子供らしい子供だと思っていたが、いつのまにか背伸びさせてしまったかもしれない。

 おじさんは無言で手を伸ばしてリアの頭を撫でようとし「今は気分じゃないや」払われた。おじさんの心リア知らずである。

 彼は知る由もないが、リアには既に成人済の記憶がある。よってその程度の分別は持ち合わせていて当然というか、むしろ子供らしい子供だと思われている現状が大分アレだった。

 まあ中身が身体に引き摺られているとか、そういう感じで仕方がないのだろう。多分。

 ちなみに行き先を失ったおじさんの手にはちゃっかりと浮遊体の頭が収まった。セルフ撫でである。当然おじさんは見えてもいないのでさっさと手を引っ込め、浮遊体は『ピュウ……』と寂しげな声を上げていた。双方感触も無いだろうに。


 鼻白んだ様子のおじさんに飯でも食って来いと追い立てられたリアは、彼女の手に余るほどの木製のバケツを持って、えっちらおっちらと井戸に向かっていた。食事の用意に必要な水、ではない。ある目的のために沢山の水が必要だったので、それを汲みに行こうとしているのだ。そしてその後ろを浮遊体がピュイピュイついて来ていた。

 あれだけ懐いていたのだからあのままおじさんのとこに居れば良かったのに。煩いし。マスコットにはヒロインから離れられない原則でもあるのだろうか。

 そんなことを考えながら井戸前の水汲み待機列を目掛けて歩いていたリアは、ピタリと足を止めた。

「なーに、その顔。とっても変よ」

ミリーだ。列の最後尾に居た彼女は、きつめな口調とは裏腹に心配げな表情をしている。

 顔というのは、彼女を見つめるリアの表情のことだろう。つい今朝この村の悲惨な結末を思い出したばかりなのである。このタイミングでゲームの台詞に出て来た友人と会うのは心臓に悪かった。

 浮遊体は列に到達するや否や、リアの心中など知らないようにミリーや周辺の人々の頭上を楽しげに飛び回る。その人懐っこい様子に、思い出したのはあんたのせいなんだぞと心中で悪態を吐いた。

 リアの妙な反応に首を傾げたミリーは、ふとリアが持つバケツを見て目を丸くする。

「それ大人が汲む用のやつじゃない!リアじゃ持ち上げられないでしょう」

「大丈夫。すっごいイメトレして来たから」

「いめとれって何?」

この村の井戸は雨除けの屋根の天井に固定された滑車にロープを通し、バケツを上下させる桶引き式井戸である。水がたっぷり入ったバケツをロープを引いて井戸底から持ち上げる作業は重労働であるため、基本的には大人の男の仕事だった。

 朝一番に力のある男たちが各家にある最も大きなバケツを井戸に落とし、その日使う量の水を掬い上げて十メートルの高さのある井戸の底から持ち上げるのだ。

 とはいえ水は何かと入り用なため、昼頃になって手の空いた者が自分が持ち上げられる量の水を汲みにくることもままあった。今並んでいる人々も殆どが手持ち無沙汰になったのであろう子供たちだ。大人が日中暇になるような余裕のある家はほぼ無いので、この時間帯に井戸に並ぶのは子供ばかりだった。

「お、リア!今日の集会、日暮れ前にイフェルトに集合だからな。忘れるなよな」

先頭のすぐ後ろに並ぶ男児が声をかけてくる。ジョアだ。

 イフェルトとは今晩村の中央で燃え続ける焚き火のことである。意味は知らない。炎の神様の名前じゃないかと誰かが言っていた。

「え、集会?子供で集まる用事なんかあったっけ?」

「すっとぼけんなよ。サウスリアだぞ?毎年やってるじゃんか」

「?分かんない」

「こいつ………」

「思い出したくないんでしょ。ほら、リアは………」

「………ああね」

憐れみの目を向けてくるジョアとミリーに二人が何を考えているのか察して、リアはべぇと舌を出す。

 村の大人たちが集まる集会も勿論あったが、子供らの間で言う集会とは随時開かれる子供集会のことを指した。内容は時と場合によって様々であるものの、サウスリア当日に開かれるとなれば議題は決まっていた。

「ようリア、見とけよ。今年のおれは一味違うからな」

やんちゃ坊主のジルが不敵に笑っている。議題について言っているのだ。それに対し「今年こそはあたしに敵うやつが出て来ると良いけどね」とリアも傲岸に笑って返した。

「バカね。なに張り合ってんの」

バチバチと火花を散らす両者にミリーは呆れた顔をする。

「毎年いっつもリアだからな。ちょっとつまらないのは分かる」

「だからって自分から選ばれたがるのはおかしいでしょ」

話している間に列は進み、ミリーの番になった。彼女はため意をついてロープの先に自分のバケツを取り付ける。その大きさは小さく、朝大人たちが水を汲む時に使うバケツの三分の一にも満たない。

「それから!リア、そのバケツじゃ絶対に無理だから!一旦取りに戻って出直して来なさい!」

思い出したかのように振り返り、ミリーはビシリッとリアの持つバケツを指差した。

「出来るし!」

「出来ないわよ!」

「うっわおまえそれ大人用じゃん。無理だろ」

「いや出来る出来るあたしならいける。イメトレして来たから」

「無理だバーカ」

「だからいめとれって何」


 リアの番になった。よいせっとバケツをロープにぶら下げ、その重みで一気に井戸の底に落とす。

「あーあ。おれ知ーらね」

「絶対に無理だって言ってるのに………」

『ピュウィ………』


子供たちプラス浮遊体の不安視する声をガン無視し、バッシャア!とミリーの時より数段大きな水音を聞きつけると、勢いよくロープを引く。

「………だからやめなって言ったじゃない」

引く。

「お前これどうすんだよ」

……引く。

「すげぇよリア。さっきから全くロープが動いてねぇぞ」

……………引く。

『………ピューイ』

「ちょっと黙っててくれるかな!?」

手のひらに刻みつけるほど強くロープを握りしめ、顔を真っ赤にして脚を踏ん張っても、ロープのかかった滑車はミリも動く気配が無い。

 いや、わずかだが数ミリだけ、滑車がリアの引く方に回った………気がした。

「………こっ、このぉ!調子!」

「で、あと十二ペータ(十メートル)って?」

「諦めなさい。このおバカ」

周囲の冷たい声にもめげずロープを引き続けるも、当然それ以上持ち上がることはない。

 やがて力尽きた彼女は、バケツを谷底に落としたままぺしょりとその場に潰れてしまった。

「うん、知ってた」

「こうなるだろうなとは思ってた」

「どうすんのよ……持ち上げないと井戸使えないわよ」

「大人が来るまで待つしかねーよな」

とはいえこの時間帯に手が空いている大人などまずいない。ジルの言う通り、待つしかないかと一同が諦めようとしたその時。

「あれ、リア姉何してるの?」

「新しい遊び?」

また新たな子供たちが井戸にやって来た。双子のレーナとピーツである。彼らはミリーのと同じぐらいのバケツを二人がかりで持っていた。

「ちょっとね………大地に癒してもらってる」

「いつものバカやらかしただけよ」

リアが地面に突っ伏したまま言えばミリーが冷たく切り捨てた。

「いつものね」「リア姉みんなに迷惑かけちゃダメだよ」

レーナはリアが令嬢だの妹だのどうこうと言っていたのを慰めた名残で彼女をリア姉と呼んでいたが、これではどちらが妹か分からない。

 二人はうんしょ、うんしょと井戸の端までバケツを持って行く。

「あれ?ロープは?」

「リアのバケツがついたまま井戸の底」

「なんだよーリア。早く持ち上げてよ」

先に居た子供たちは顔を見合わせた。これを持ち上げるのは大人でないと無理だ。だから待つしかない、という結論だったのだがそれをそのまま伝えて二人のがっかりした顔を見るのは気が咎める。全部そこで潰れてるバカが悪い。

「そういえば二人が水を汲みに来るのって珍しいわね。どうして急に必要になったの?」

結局は伝えるしかないと分かっていても、少しでも先送りにしたくてミリーが話を振る。

自分たちよりもさらに幼く力の弱い双子が水を汲みに来ることが珍しいのは事実であったし。

 双子は何か嬉しいことがあったのか、パァと顔が輝く。

「お母さんがね、チャナトを作るのにリーフラの実を使うって言うの。だから実をふやかすのに水が欲しくって」

嬉しそうに笑いながらレーナが言う。チャナトとはサウスリアの日に食べる特別なデザートだ。木の実を含んだスコーンのような小麦粉菓子である。

「リーフラの実はぼくが見つけて来たんだよ!せっかくだから使おうってお母さんが。今ふやかしておかないと後で使えないでしょ」

各家庭で作るチャナトには、大抵は森で簡単に見つけられるデラルの実が使われる。リーフラの実はデラルの実よりも甘さが濃く、人々にも人気なのだが、運が良くないと中々見つけられないこと、実を硬い殻が包んでおり長時間水に浸けておく必要があることから使用頻度は少なかった。

「リーフラの実を使ったチャナトなんて、絶対おいしいよね!もー今からたのしみで!」

「だからはやく持ちあげてよ、リア!」

「「「……………………」」」


彼らは再び顔を見合わせた。

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