第2話 早朝、おじさんの薪割り手伝い
悲惨な未来を予見したところで、日々の仕事は待っちゃくれない。
「おい………朝っぱらから何もたついてやがる」
案の定トムおじさんがリアをどやしに来た。
体格が良く口周りに髭を生やしているおじさんは、普段から不機嫌そうな顔をしているため威圧感がある。が、本当に不機嫌な時の威圧はその比ではない。
長年の付き合いによりこのくらいの不機嫌はがちで怒られるやつではないと察せられるリアは、むしろ目の前の光る浮遊体に対し全く反応のないことに対してに嘆息する。お決まりの展開としてそうだろうと思ってはいたが、やはり見えていないらしい。
というかそんなに勢いよく扉を開けるのはやめてもらえないだろうか。貧しいボロ家のボロ戸だ。壊れる。
「分かったって。今行くから!」
慌てて立ち上がると藁が数本、体に張り付いて来た。背に付いた藁を払おうと首をひねれば、いつのまにか肩口付近を浮かんでいた浮遊体と間近で顔を合わせることになる。
「………なに?ついて来る気?」
『ピューイ!』
言葉の意味を分かっているのかいないのか。
ゲームのマスコット役は妙ちきりんな語尾こそあったが一応言葉を交わせていたというのに。
恐らくは精霊であるはずのこの浮遊体はピュイピュイ鳴くばかりで全く言葉を発しない。
くるるんっと軽やかに回る浮遊体をリアは睨みつける。
こいつが村炎上の直接的な原因でないことは分かっているが、こいつをきっかけに悲劇の展開を思い出した身としては、到底好意的に見ることはできなかった。
というか普通に憎らしい。なんだ、ピューイって。言語を喋れ。炎上の回避策を啓示しろ。
「リア!早く来い」
「分かってるってば!」
毛布の上からかけていたフード付きの外套を羽織り、毛皮で出来た手袋と襟巻きを身につけ、獣の革から拵えたブーツを履く。このブーツは元々父親のもので、リアの足には大きすぎるため、革の紐をグルグルと巻き付けてブーツの余った部分を足に纏わせた。
靴底のサイズは変えられないが中の足を靴先の方に寄せて足の側面に布を詰めればスリッパと同じ要領で履けないこともなかった。
白い息を吐きながら扉を開けた途端、流れ込んできた外の冷気が肌を突き刺す。寒いを通りこしてもはや痛い。
もうじき冬とはいえやけに寒いなと思っていると、昨日までは無かった霜で白くなった地面や草木が目に入る。そろそろ雪が降り出してもおかしくない。本格的に降り始めれば外での活動に危険が伴うので、それまでに冬の支度を終わらせねばならなかった。
「ねえ寒い!寒すぎるんだけど!なんでこんな寒いの!?」
「おう、ならとっとと働け。体動かしゃ多少はマシになる」
「でも動くと服の中に風が入って来るんだって!でも動かなくってもじわじわと寒さが沁みて来るんだよね!どうすれば良いと思う!?」
「どうせ寒いんだろ。なら働け」
「さ!!!む!!!い!!!」
「うるっせぇなこいつ……………」
家裏の薪棚近くに、伐採した木々を運び込んでいたおじさんと合流したリアは、元気よく不満を喚き散らしていた。
この村に生まれたことについての不満こそ言わなくなったものの、それ以外の不満は普段から言いまくっている。
普通なら厭われるはずの行為であるが、グチグチ言いながらもきちんと働くこと、思ったことを言っているだけで待遇の変化を期待している訳ではないこと、そして何より、あまりにも元気いっぱいに喚くことから周囲には微笑ましくスルーされていた。
ミリー曰く、「リアのアレ聞いてると、逆にやる気が湧いて来るのよね」とのこと。
寛容すぎやしないだろうか。
「ていうかあんたも何かしらやってよ」
「やってるさ、お前さんよりずっと早くからこうして働いてる」
「おじさんのことじゃ無いって!!」
「ほれ、口より手ぇ動かしてろ」
物珍しいのか何なのか、『ピィ〜ウッ!』とどこか嬉しげにおじさんの周囲をくるりくるりと飛び回る浮遊体に文句を言えば、耳ざといおじさんに拾われてしまった。
仕方なく渡されたナイフを受け取り、運び込まれた木々の枝を払っていく。
薪にしやすいように伐採後の木の枝を払うのはここしばらくのリアの仕事だ。その横でおじさんが枝の払われた木をノコギリで切っていく。
冬を乗り越えるための燃料はいくらあっても良いので、この時期は薪を作るための仕事が多かった。
細い枝は手でへし折り、太いのはナイフでゴリゴリと削り折る。その作業をひたすら黙々とやっていると、次第に彼女の思考は今朝思い出した前世の記憶のことにシフトしていく。
脳みそを使わない単純な肉体労働は考え事をするのに丁度良かった。
主人公の村が焼ける描写は、序盤も序盤。それこそメニューボタンの初めからを選んだ直後である。真っ黒な画面に一言二言文が流れ、いきなりの農村炎上スチル。会話ウインドウの一言一句を具体的に覚えている訳ではないものの、おおよその流れは割と思い出せていた。
しかしゲームの最序盤で炎上という展開ならば、事の経緯を探ってこれ以上記憶を掘り返しても無駄だろう。悲しきかな、リアが覚えているのは自分が今いる世界と酷似した乙女ゲームが前世にあったこと、そして主人公の故郷がフランベされたのをきっかけに彼女が貴族として迎え入れられるところまでである。それ以外に思い出せるものといえばゲームの断片的な映像とパッケージにいたイケメン達の髪色くらいで、肝心のストーリーや設定に関してはさっぱりであった。ゲーム世界へ転生したことのアドバンテージが皆無である。
まあ、村が焼ける未来を知れただけアドバンテージはあったか。かなりしょっぱい気がするけれども。
それにしてもその後の主人公の貴族入り………すなわちリア自身の貴族入りだが。
貴族側にどういう思惑があったのかは知らないが、間違いなく今精霊が見えていることと関わっているのだろう。
生まれ故郷を失くした少女を哀れに思って!という、どこかの貴族の美しい慈善精神が原因であるとは一ミリも思わない。
なんせリアの知っている貴族は度々領内に足を運んでは意味もなく領民を叱りつけ、媚びへつらわせて満足げにする烏の吐瀉物より劣る何か(領主の意)ただ一人であり、故に彼女の貴族像も鳥の吐瀉物より劣る何か(領主の意)で固定されていた。風評被害にも程がある。
しかし彼女の中では既に貴族=性格ゴミの方程式が構築済だ。なんなら他村連中=性格ゴミの方程式も構築されつつあった。
いずれウェルツ以外の人間=性格ゴミの方程式を構築した排他主義モンスターが誕生しそうで恐ろしい。
従って何者かの善意ではなく利得、恐らくは精霊に関するなんらかのリアの力を買われての貴族入りであることは想像に難くない。
が、ここで気になるのはどうしてリアの持つ力がバレたのか、ということだ。
精霊が見える、話せるだけならそうやすやすとバレることは無さそうなのに。仮に話しているところを見られたとて空中に話しかける頭のおかしい子供だと思われるだけだろうし、村炎上の中一人生き残ったことだって運が良い子供と思われる程度だろう。
『ピィーイ!』
…………けれどゲーム内では恐らくバレた上での貴族入りを果たしている。
ということは、炎上がきっかけに選ばれしものに刻まれる印が浮かび上がりでもするのか。で、それが伝承か何かで伝わっていたとか。もしくは予言者や占い師のような役割を果たす人がいて、彼らが精霊と交流できる子供の存在を伝えていたということはないだろうか。全焼した村で生き延びた子供が選ばれし存在ですよ、みたいな。
村全焼前提での予言めっちゃ腹立つな。
『ピィーウ!』
……………………自らの予想にキレて脱線しかけたが、そこは今考えても仕方がないので置いておこう。
村全焼の工程を踏まえての貴族入りなんぞむしろごめんだし。
仮に貴族入りしたのなら順当に行けばリアの身を預かるのはこの地を治めているカス(領主の意)になるはずだ。いよいよましてごめんである。
『ピュウーイ!!』
「あぁーーーーもううっさい!!!」
「煩えのはオメェだ!」
「だからおじさんのことじゃないんだって!!!」
何が嬉しいのか、相変わらずおじさんの周りを飛び回り続けている浮遊体は明らかにおじさんと会う前よりテンション高めにピュイピュイ騒いでいる。
おじさんの作業音やリア自身が枝を折る音もあり元から静かな訳ではなかったものの、甲高い浮遊体の声は一際耳につく。思考の邪魔だ。しかもそれに文句を言えば誤解したおじさんから文句が返ってくる。
リアは忌々しげに舌打ちした。おじさんに聞こえない距離を見越しての振る舞いだがヒロインのやって良い言動じゃない。
「ていうか今日やけに木ぃ多くない!?いつもならとっくに終わってんでしょ!!」
ついでに苛立ち任せにおじさんに八つ当たった。やはりヒロインの(以下略)。
だが言い方は無駄にきつかったものの、リアの言っていることは事実だ。
彼女の横に転がる枝折られ済の木々は、いつもならとうに終わりを告げられる量に達していた。
まさか全く自分達に関係のない分までやらされているのでは、と疑惑の目を向けるリアに、おじさんは焦ることもなく呆れたように返す。
「お前、忘れてんのか。今日はサウスリアの日だぞ」
「………忘れてた」
「だろうよ」
うんざりとした声に、返す言葉も無い。
リアは気まずげに再び枝を折り始めた。
サウスリアの日とは、日本でいうクリスマスと正月が合体したようなウェルツの伝統行事だ。尤も、一度として領を出た事のないリアはウェルツ内のみなのか、はたまた国中で行われているのか知らない。
本格的な冬を迎える前に今年の実りに感謝し、険しい冬を乗り越えようと農民たちが励まし合うこの行事は、日本の暦でいうと十一月頃に行われる。
クリスマスと正月の合体と聞けばさぞかし豪華な行事を想像するかもしれないが、そもそもの豊かさがウェルツと現代日本では雲泥の差である。よってリアから見たサウスリアという行事は非常に質素なものだった。
なんせメインのイベントが村の中央でその日の日暮れから夜明けまで絶やさずに火を焚き続けるだけだ。
寒い冬に命の灯火が刈り取られないことを願って、いやいや焚き火を太陽に見立て夜を冬に見立てた上で太陽が私たちを照らし続けてくれることを表している、いやそうじゃなくて冬の間世話になる炎の神へ私たちへの加護をお祈りしているんだ、などと由来は錯綜している。もはや誰も起源を覚えていないのに毎年きっちり行われるあたり流石は伝統行事といったところだ。
いつもより多い枝折りの作業にリアがヒイヒイ言っているのも、その焚き火のための燃料を各家から徴集するせいだった。
「サウスリアねぇ………」
「楽しみじゃねぇのか?」
ポツリとこぼしたリアの呟きを、おじさんがすかさず拾い上げる。
彼女が枝を折った木を回収するため、いつのまにか近場に来ていたのだ。
煩い煩いと言っていた割に、会話はしてくれるのか、と意外に思った。それともわざわざ話しかけるほどリアが妙な顔をしていたのか。
「………べつに?たのしみだよ?」
「…………そうか」
嘘だと丸わかりな言い方であったが、話す気は無いという意図は察してくれたらしい。
それ以上深掘りするでもなく木を切る作業に戻るおじさんにリアは少しばかりホッとする。
おじさんを含めた皆が、準備に苦労しながらもなんだかんだ楽しみにしている行事だ。それに水を差したくなかった。
太い枝をナイフで削りつつ、心中でこっそりとため息をつく。
リアはサウスリアが苦手だった。