第1話 早朝、自宅の寝床で
Xに主人公の外見あげてます!
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リアは激怒した。
必ず、己をこのような過酷な運命の下に転生させた神と、うちの村を徹底的に馬鹿にし見下してくる同領内の他村連中、この領を治めて下さる敬うべき領主のユーグ・ボウテンベルク、か弱き私共の生活のために多めに税を徴収して下さるユーグ・ボウテンベルク、何故かリアの村だけ他村よりも多めにマージンを持って行きやがるユーグ・ボウテンベルク、腐れ外道のユーグ・ボウテンベルクを除かねばならぬと決意した。
同じ人物が複数回並んだが問題ない。あんなカスなんべん死んだって構いやしないのだから。
リアが生まれたのは八年前のひどく寒い冬の夜だ。生まれてくる我が子のために働き過ぎた父が死んだ冬だった。
当時から早熟な子供だと思われていたが、彼女が自分の前世をはっきりと自覚したのはそれから六年後のある程度ものごころついた頃である。
ラノベで散々読んでいた異世界転生が自身にも起きたことを悟った彼女は歓喜し、すぐさま絶望した。
なんたって識字率が一割にも満たないど田舎村の農民。しかも身分は将来も農作業に従事することが確定している農奴である。
いやなんでさ、と彼女は思った。何故転生なんて大層なことをして行き着いたのが歴史の隅っこに埋もれるような一小市民どころか、誰にも気づかれず知られずいつの間にか死んでいるような一農奴なのか。
なんの前提もなくただ平凡な人生を与えられても自分が特別であることを諦めきれず、果てには歪んだ妄想に飛び込んでしまうのが人間である。
ましてや前世の記憶なんて前提があれば、すわ私こそが絶望の世界をあまねく照らす救済の光であり森羅万象を掬い上げる救世の乙女よ────────となるのは至極当然のことであった。
救世の乙女(自称)ならば、当然出身は森羅万象に影響を与えられそうな支配層でなければなるまい。
しかし現実は農奴。森羅万象どころかロバ一匹すら所持権は領主に委ねられている農奴である。毎年毎年農作物を育て続ける生活を一生繰り返すだけの、どこまでも行き止まりの存在。
リアは萎えた。それはもう萎えた。
生活水を汲みに行きながら萎えていたし、収穫後に落穂を拾いながらも萎えていた。
萎えながらも働き続けたのは、ストライキしたところで自分の母の負担が増えるだけだからである。そんで近所のトムおじさんにどやされる。
これは彼女が狭い家の床で大の字になって不貞腐れていた時に実際に起きた出来事であった。
母に負担をかけるのもどやされ続けるのも本意ではないので、リアはきちんと働いた。働いたが、いかんせん萎えてはいるため口からは不満たらたらだった。
「転生ってんなら普通は令嬢でしょうが」だの、「妹にすけこまし婚約者奪われた後により強い権力の令息捕まえてざまぁする流れやりたかったんだけど……」だの、「ふかふかのベッドから目覚めてメイドさんの用意したサンドイッチ食べて〜」だの、「中世の騎士様見てみたい……あわよくば嫁入りしたい……」だのとブツブツブツブツ。
いかにもレディースコミックに出て来そうな頭のおかしい悪役女の様相であった。
これが現代日本社会であればSNSで晒され拡散された挙句に大炎上のコンボを決め込んでいたかもしれないが、彼女を育んだ村の反応は違った。
まず彼女と同年代の子供らが、
「ならぼくがレーソク?やるよ!」
「じゃあわたし妹〜リアおねーちゃん!」
「私もー!」
「じゃあおれコンヤクサーやる!リア!あっちの木までコンヤクサーのおれとかけっこしようぜ!」
「いや、ぼくもやりたい!いちばん速かった奴がコンヤクサーだから!」と彼女の妄言にのり、母親は、
「サンドイッチって……こんな感じかしら?」
「もう少し野菜があった方が見栄えがするわねぇ……ちょっと待ってね。少しなら分けてあげれるのがあるから」と村の奥様方と相談してしなびたいくつかの野菜の切れ端を二枚のかったいパンで挟んだものを彼女に差し出した。さらにはトムおじさんが木を間引くための斧を掲げて「おら、騎士」と雑に彼女をあやした。
全てが微妙に間違っているが、皆が当たり前にやっている労働にブツクサと文句を言い続けている子供に対して破格の対応である。
リアは全部違う……と戸惑いながらも流石に中身は大人だったので、レーソクになってくれた子供に木の実(食える)をくれてやり、突如生えた何人もの自分の妹をギュウとハグし、我こそはコンヤクサーと名乗る少年たちと駆けっこをした。コンヤクサーにはリアがなった。
母が差し出したサンドイッチ?は半分にして二人で食べ、騎士のトムおじさんには腕にぶら下がってぐるぐる回してもらうやつをやってもらった。その後何故か薪を作る作業を手伝わされたが、おじさんはリアの家の分もやっていたためどの道彼女の仕事でもある。大人しく手伝った。
そしてリアはチョロかったので、それ以来割とこの村のことが好きになった。
当初はなんだってこんなオンボロ村にこの私が………という態度だったくせに、ま、前世知識もあるし?いっちょ?ウチの村救ったりますか〜〜という態度に変貌するくらいには。
自分の境遇に不満が消えた訳では無いが、少なくとも口からこぼすことが無くなるくらいには、この村とここで暮らす人々のことを好きになったのだ。
コンクリートをぶち割ってでも花開くタンポポの如く、置かれた場所で咲く決意を胸に再起したリア。
しかしそんな彼女に立ちはだかる現実はまだまだ厳しかった。
リアの在住している村、名をウェルツ村というこの村は、領内において差別される対象であったからだ。
ウェルツ村だけが現領主のボウテンベルク一族に管理される以前からこの土地に位置しており、他村は管理下に置かれた後にやって来た王都からの移住民で構成されている。
故に他村の住人は祖先が王都の住人だった自分達とは違う、根っからの田舎者としてウェルツ村の人々を見下していたし、領内の手工業者のほとんどが他村にいて、ウェルツ村の住人全員が農奴であることも差別意識を助長させていた。
リアからすれば王都であぶれた挙句にノコノコとここまでやって来た余所者が、どうしてそこまで大きな顔ができるのか疑問でしかないのだが、恐らくは領主が代々行って来た領民への意識誘導も原因にあるのだろう。
彼らは税を取られることで苦しくなる領民のヘイトが自らに向かないように、ウェルツ村とその他の村の扱いに露骨に違いをつけた。ウェルツ村の税を他村よりも高く、領民としての地位と権限を他村よりも思いっきり低くしたのだ。おかげさまでこの村の住人には土地所有権がなく、たっかい額を払って自由権を買わない限り問答無用で農奴である。
他村の連中はウェルツ村を見て自分たちはあいつらに比べればはるかにマシだと現状に甘んじるし、下手に逆らってあいつらと同じ境遇にされてはたまらないと反抗する意志も削がれる。
何もかも領主一族の思い通りという訳だクソッタレ。
家畜の糞にも劣るゴミカス(領主の意)にたっかい税を取られ、周囲の村からはいじめられ、前世知識を活かす余裕など到底ない日々。
せめて置かれた場所で咲かせろやと、リアは常日頃から世界のどこかに座すであろう神様に中指を立てていた。
しかし本日、中指を立てる理由がもう一つ増えることになる。
土床に藁の敷かれた寝床の上で、リアは腕を組み、脚も座禅をするように組んで眼前を睨みつけていた。座禅の脚は日本人の体形でないとできない。ので多少崩れてはいた。
彼女の目の前にいるのは、クリオネのような形状をした半透明の浮遊体だった。
実際のクリオネと異なるのは、大きさが両手で掴める小動物サイズなことと、耳らしき部分は葉っぱでも引っ付けたかのように垂れていること、胴体が頭よりも小さく、下にいくにつれ画鋲の針のようにきゅうと細くなっていることだ。
それは『ピュウ!』と甲高い声らしきものを発して、コンパスが回るようにくるりとその場で一回転した。それに合わせて垂れた耳と両腕っぽい部分がひらりと広がり、青みがかった光がキラキラと周囲に撒き散らされる。
今朝起きたら突然枕元にこいつがいたのである。意味のある言葉を喋るわけでもなく、時折くるりくるりと回っているこれをリアは朝からずっと睨み続けてきた。普段ならとっくに起き出しておじさんの薪割りを手伝いに行く頃である。そろそろおじさんがやって来てどやされるだろう。
それを承知の上でリアはこの生き物を観察し続けた。
なにせこの珍妙な生き物の姿に強烈な既視感があったので。
八年前、リアとして生まれる前の前世の記憶だ。長い月日を経てもうほとんどが朧げになってしまっていたが、そのうちのある一部の記憶、本来なら取るに足らないようなある記憶が、この既視感をきっかけに鮮明に彼女の脳に蘇っていた。
『ジョア!ミリー!トムおじさん!………っいや!どうして………』
液晶画面越しに見た、燃える農村のスチル。恐らくはプレイヤーと同じ景色を見ていたであろう、少女の嘆く台詞。
実際のゲーム内容はほとんど忘れているというのに、序盤でいきなり村が焼ける展開はそれなりに衝撃だったのか主人公の台詞までしっかりと思い出せる。
タイトルは………何だっただろうか。確か精霊とか契約とか、そんな感じの単語が含まれていた気がする。
前の世界でそれなりに人気を博していた乙女ゲーム。彼女自身はプレイしていなかったものの、SNSに流れてきた情報や広告、動画投稿サイトのおすすめ欄にあった考察動画、実況動画からおおよその内容を把握していた。現代の情報社会はネタバレ自衛が難しい。このゲームに関しては、興味を持った前世の自分が調べた結果でもあるけれど。
まあそれは良い。彼女はネタバレに頓着しない質であったし、こんな中世文化レベルの農村に来て今更ゲームもなにもない。むしろ、今この状況においては知っていた方が都合が良かった。欲を言うなら当時の自分が本編をきちんとプレイしてくれていたならばどんなに良かったか。
さて、このゲームにはタイトルにある通り精霊が出て来る。
一口に精霊といえどその姿は千差万別であるものの、彼女の脳裏に浮かぶのはこのゲームのマスコット役、序盤のサポートを担ってくれる精霊だ。
そしてそのマスコット精霊、どうにも目の前の浮遊体と似ている気がしてならない。
…………さらに続けよう。
記憶にある少女、主人公の悲痛な叫びの台詞に出て来た人物。
トムおじさんは言わずもがなであるが、ジョアとミリーという二人についても彼女は知っている。というか昨日も会ったし一緒に働いた。彼らはトムおじさん程ではないが家が近く、一際関わりの深い二人だった。
しかも燃える農村スチルの直後に表示された主人公の絶望顔スチルでは、炎の熱気でゆらめく髪はくるみ色、涙を溜めた目は深い藍色をしていた。
リアは視界の端に映る自身の髪を指に絡める。スチルの彼女ほどの長さはないものの、色は柔らかなくるみ色であった。今は確認できないが、確か母が父譲りの綺麗な藍だとリアの目をほめていた気がする。
…………………………………お分かりいただけただろうか。
多分、この村、燃える。
投稿始めました。
ひとまず書き溜めた分を放出した後少しずつ更新していきたいと思います。
よろしくお願いします。