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92 鎖と闇(2)

「⋯⋯まさか、権使が⋯⋯、神の名に傷がつくからですか?」


 きっと会議の場で発言していれば、即座に場を緊迫状態にさせていただろう。

 しかし、俺の言葉には李岳さんが僅かに反応しただけだった。

 李岳さんは天人だ。

 天界で神々の伝令者として使える立場にいる李岳さんにとって、俺の発言は侮辱に等しい。

 それでも何も言う事なく、李岳さんはただ俺の話に耳を傾けてくれていた。 

 あくまで傍聴者として。


「ディオスガルグは個人主義の監獄や。いや、階層主義⋯⋯言うたらいいんかな。階層の問題は基本階層内で解決する。それが不可能なら軍事部や特殊対策部の出番になる。序曲事件や呪死事件もそうやったやろう? 一階層から七階層まで、この監獄には何千、何万もの囚人が収監されてるんやから、一つの階層で問題があったとしても、他階層にまで迷惑かけるわけにはいかへん。特に、その迷惑がより下層になればなるほど、取返しもつかんようになる」


 だから、階層内で解決する事が基本。

 一見突き放しているように見えるが、実際は違う。

 監獄を守るための苦肉の策だという事も分かる。


「西条くんのゆうた通り、ヘカテー・クレネシアの件に関してはまた別や。確かに、権使の問題行動は神々の問題や。そもそも権使が七階層の囚人であるゆう事自体、監獄として隠しておきたい事実には変わらへん」

「でも⋯⋯そのヘカテー・クレネシアが一階層に現れた」


 神が収監されているという事自体がそもそもの機密事項だ。

 だからこそ、七階層は多くの職員にとって関わる事すら許されない閉ざされた階層になっている。

 そんな、絶対に隠さなければならない存在が表に出てしまった。

 神の信頼という最高の勲章を得たヘカテー・クレネシアによる暴走。

 それは、七階層だけでなく、ディオスガルグ全体の大失態だ。


「ヘカテー・クレネシアの存在を他階層に知られるわけにはいかへん。やから、真っ先に全面封鎖が発令されて、そして——『忘却魔法』の使用が許可された」


 魔法の中には、使用してはいけない魔法がある。

 一般には使用を禁じられ、国や警察の許可がなければ使えない薬品や武器があるように、魔法にもまた無許可では使用してはならない魔法というものが存在する。

 その一つが『忘却魔法』だ。


「犯人が七階層の囚人、おまけに今回はアレを使ってもうたし、監獄は今件の事実を無かった事にしたかったんやね」

「アレ⋯⋯? アレってもしかして、ゴーレムが出てきたあの魔法ですか?」


 マキノさんの詠唱で壁を割り現れた無数のゴーレムたち。

 エナの魔法で生み出された人形たちを打ち砕き、一気に袋小路に追い込んだあの魔法を、俺は思い出す。


「そう、緊急時にしか使用してはならない各階層の階層長にのみ使用する事を許される禁忌魔法。『忘却魔法』以上の特大シークレットやね」

 

 だからあの時、マキノさんは企業秘密だと言ったのか。

 当然だよな、あんなとんでもない魔法がそう頻繁に使えるわけもない。

 取れうる最終手段、必殺技ってやつだ。

 必殺技なのだから大勢が知っていては意味がない。


「じゃあ忘却魔法はそれを隠すために⋯⋯? でも、俺はちゃんと覚えてますよ。ヘカテーと戦った事も、マキノさんが使った禁忌魔法も——」


 ああ、そうか。

 俺は自分で言って気づいた。

 人間の特性——相手の魔力を利用する精神魔法が効かない。

 だから俺は今でもちゃんと記憶を保っているのか。

 魔法が効かないからとはいえ、一体いつの間に忘却魔法なんてかけていたのだろうか。

 そう思っていると、マキノさんが首を横に振り、いやと否定する。


「西条くん、職員寮にいる時、水か何か貰わへんかった?」

「え? はい、医療部の職員から疲労回復効果があるって⋯⋯」

「皆が医療部や職員寮にいてる時に、こっそりかけさしてもろうたんやけどね。人間の職員には効かへんから特別に忘却効果のある薬を飲んでもろうたんやけど——」


 スーッと冷たい何かが背筋を伝う感覚に襲われた。

 もしかして、あれが⋯⋯?

 いや、でもそれなら俺に記憶があるのはおかしい。

 全然気が付かなかったが、俺はあの時確かに薬を飲んだ。

 つまり薬が効かなかったって事だ。

 

 一体どうして。

 すると、部屋の隅で口を閉ざしていた李岳さんが言った。


「薬を調合したのは私だけれど、あれは人間にも確かに効果があるものだよ。実際、本件に関わった君以外の人間の職員は全員、ヘカテー・クレネシアに関する全ての記憶を忘れている」


 ごくりと唾を飲み込む。


「じゃ、じゃあ何で⋯⋯俺は」


「理由は分からない。君自身は何か心当たりはあるのかな?」


 首を振る。

 残念ながら全くと言っていい程心当たりがない。


「世の中には、ある階級以下の魔法を無効化する魔法も存在するのだけれど、西条君は人間だからそれは考えにくい。だとすると、君が元々魔法の効かない体質であるか、第三者によって魔法を無効化させる魔法をかけられた事になる。それも、我々が検知出来ないほどの高位の魔法をね」

「体質⋯⋯ではないと思います。序曲事件の時に、俺は犯人に転移させられましたから」


 あの時は呪術だったが、呪術は古典的な魔法なのだから、転移させられたって事は魔法が効いたと同義だろう。


「それなら、やっぱり西条くんは誰かに意図的に魔法をかけられたゆうことになるね」

「意図的って⋯⋯一体誰が何のためにっ」

 

 正体の分からない存在に後ろから銃口を突きつけられているような、そんな恐ろしい感覚。

 

「もしかして、ヘカテー・クレネシア?」


 正確にはその分身体。

 タイミングはいくらでもあったのだから、彼女たちと接触した時、気づかないうちに魔法をかけられたのかもしれない。

 ディオやトリアが俺に直接手を加えようとしなかった理由も、魔法が通じないからであれば納得できる。

 でもそれが理由なら一つ理解できない事がある。

 何故ヘカテー・クレネシアは自分で魔法をかけた相手に攻撃が出来なくなるなんて自爆行為をしたのだろうか。

 

「可能性は十分あるやろうね。でも、もし術者がヘカテー・クレネシアなら、西条くんにかかった魔法の効果はもう無くなってるはずやわ」

「え、どういう事ですか?」


 胸のうちの不安や焦りがじわじわと広がっていくような感覚。

 嫌な予感が押し寄せる。

 そんな中、マキノさんが告げたのは、戦いが終わった本当の理由、驚くべき事実だった。


「ヘカテー・クレネシアが亡くなりはったんよ」

「⋯⋯は? いや、亡くなったって何でっ、また、また誰かに殺されたんですか!?」


 俺はマキノさんに掴みかかる勢いで詰め寄る。


「侵入者の姿は目撃されず、監視カメラにも不審者の姿は映っていなかった。七階層の警備態勢から見ても、ヘカテー・クレネシアが直接誰かの手によって殺された線は考えにくい。特殊対策部は遠隔魔法や時限発動の魔法が使われたと見ているんだ」

「それは⋯⋯どちらにせよ、彼女は誰かに殺されたって事ですよね? ⋯⋯それじゃフィリエスさんの二の舞じゃないですかっ」


 李岳さんたちに言っても仕方のない事だと分かっていた。

 それでも、彼女の死を防ぐ事は出来なかったのかと考えずにはいられなかった。


「死因も含めて、現在も特殊対策部が犯人を追ってくれてはるけど、難しいところやね」


 マキノさんが嘆いた。

 彼の牡丹色の瞳には無力感と後悔が映っているように見えた。


「難しい⋯⋯って、どうして」


 半分答えは分かっていた。

 最下層である七階層は、他のどの階層よりも警備が厳重なはずだ。

 素人やただの職員がその最下層で、事件に関係するキーパーソンである彼女をそう簡単に殺せるはずがない。

 それに、権使である彼女が、こんな事件を起こす理由なんて、限られている。

 俺が真相に気づき始めている事を、マキノさんや李岳さんは分かっていたのだろう。

 その答えを、彼らが教えてくれる事はなかった。


「初めにゆうた通り、不確実な事は伏せさせてもらいます。でも、西条くんも分かってくれはったやろ、一連の事件がそう簡単に解決出来る問題やない事が」


 マキノさんに宿る無力感の正体。

 例え長官クラスの人物でも、迂闊に発言する事は許されない。

 事の重大性、踏み込む事すら躊躇してしまうほどの深く濃い闇。

 そして、その闇の中心に自分が何故かいつも立っていた事実に、どうしようもない恐怖を感じた。

 何で、一体何で俺が——。


 徐々に失われていく血の気と震え始める手足に気づいたマキノさんは、優しく俺の肩に手を置く。


「一人で抱えたあかんよ。ディオスガルグやって、無暗に職員を死なせたいわけでもないんやし、囚人を外へ逃がさへんのが第一や。職員は物やなく、一人の生き物やからね。困った事や悩んでる事があるなら、うちや李岳に相談してくれてもええし、君の上司の橋雪くんやて西条くんの事、ちゃんと心配したってくれてるやろうからね」


 黒い事実をもみ消そうとしても、ディオスガルグは六世界の囚人を収監する監獄だ。

 平和と秩序を守ろうとする思いだってある。

 マキノさんは人を安心させるための笑みを浮かべて言う。


「ありがとうございます⋯⋯」


 少し和らいだ心で、消えてしまいそうな程掠れた小さな声で、精いっぱいの感謝を伝える。

 本当に、俺は多くの人に助けられている。


「そんなかしこまらんでもええよ。職員の悩みを聞いて解決する、それもうちの仕事の内やからね」


 俺だけじゃない。マキノさんだって戦っている。

 心強い大勢の職員たちが、このディオスガルグで日々、自分の大切な人たちを、変わらない日常を守るために。

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