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9 魔法使い?の少女とおしゃべり吸血鬼

 すると、一人オークを観察していた桃色髪の少女がこちらへ戻ってきた。


「ひとまず警備部に報告しました。皆さんは一階層長官と三階層長官、念のため特殊対策部にも連絡して指示を仰いでください」


 少女がそう言うと、職員たちは緊張感のある表情で了承の意を伝え走り去った。その姿が見えなくなると、再び取り残された俺に少女が向き直る。


「挨拶が遅れました。司令部の室町です。三階層長官補佐の西条さんでお間違いないですか?」

「⋯⋯ああ。間違いない、けど」


 ――室町。そう名乗った少女の姿を正面から捉える。

 芸能人だと言われてもおかしくない、というよりもむしろ納得してしまう程に整った容姿。

 歳は俺と同じくらいだろう。髪は透き通るようなロングの桃色だけど、外見や、彼女の名前からして間違いなく人間。

 しかも日本人だ。

 橋雪さんも日本人のようだし、本当にこの監獄では日本人も他の種族に混じって働いているらしい。

 歳は俺と同い年くらいに見えるが少し話しただけでしっかりしているのが伝わる。とても高校生には見えない。


 ん⋯⋯?いやでも待てよ?

 さっき俺は確かに彼女に助けられた。でも彼女はあの時オークを凍らせた。

 現に、いまだあそこには氷漬けにされたオークがいる。

 オークを凍らせた時、室町さんは何かを言っていた。

 似たような台詞を聞いたことがある。アニメや漫画で散々見聞きしたお馴染みであるそれは、魔法の詠唱だった。


 なぜ人間であるはずの室町さんが魔法を使えたんだ?

 頭の中に疑問が浮かぶ。人間は魔法を使えないからこそ精神力を鍛えなければならないと橋雪さんは言っていたが、もし訓練すれば人間にも魔法が使えるのだとしたら?


 魔法が使える。何もないところから火を出し氷を出し、空を飛ぶ。誰もが憧れて、成長していくうちに現実を見始めて、そして諦めていく。

 誰もが存在するわけがないと信じて疑わなかった異世界は実在した。

 ならば使えないはずの魔法が実は使えたっていう話もあるはずだ。室町さんが魔法を使ったのもつまりはそういうことだったら⋯⋯。


「あの、室町さん助けてくれてありがとうございます。あと、さっき使ってた魔法、なんですけど⋯⋯」

「申し訳ありませんが、ここで立ち話をしている時間はありません」


 遠慮しながら魔法の件について尋ねようとしたが言い終わる前に言葉を遮られる。


「警備部部長よりあなたをお連れするようにという指示が下りました。ですので⋯⋯」


 室町さんは続ける。


「目撃者として警備部本部へのご同行を願います」


 どうやら災難はいまだ進行中らしい。


  ◇


「人間界による他六つの世界の情報統制は入念に行われている。実際君たち人間は10年前の報道がなけ

れば現在でも我々魔族、君たちからすれば異種族の存在を知らなかったわけだ。

 でもそれってとてもつまらなくて悲しいことだと思わないかい?

 僕らは曾祖父の曾祖父、もっと遙か昔から君たちの存在を認知していたというのに、これでは一方的な片思いの様じゃないか。うん、想像するだけでもとても切ないことだ」


 一人頷く目の前の男。

 しかしその姿は、というより態勢はまさしく人外。    

 革靴を履いた両足は天井にピタリと着き、一つに結われた長く艶やかな黒髪は体と同じく重力に逆らって天井の方へ垂れている。

 まるで蝙蝠のように天地を逆さまにして立つ男は自称する通りの魔族。

 夜闇に紛れ生き血を啜る怪物――吸血鬼だ。


 隣で変わらぬ真顔のままこのよく分からない話に相槌をうっている室町さんによると、この吸血鬼は警備部部長フィンセント・ヴィオ・リーブルその人、いや魔族らしい。


 ――吸血鬼

 俺の持っているオカルト本――異種族大百科ではその姿は瞳が血のように紅く、鋭い牙と爪を持つ人型で描かれていたが、目の前の本物の吸血鬼の姿も相違ない。

 本に載ってたのはもっとバケモノ感が強かったけど、まさか本当に逆さまになるとまでは思っていなかった。もしかすると伝承通りにニンニクや十字架が苦手だったりするのかもしれない。


「そういえば人間界では古来よりワインを酒造して嗜む文化があるそうじゃないか。幸いにも三階層の食堂にはワインソムリエがいてね、今度一緒に飲まないかい」

「いや、俺18ですし、人間界⋯⋯俺の出身の国では20歳にならないとお酒飲めないんで。っていうかさっきから何の話ですか」


 かれこれ10分間、部屋に辿り着くなりパイプ煙草と紙煙草の味の違いを語り始めたかと思えば人間界の話、そしてワインの話だ。

 初対面の相手にここまで一方的に話し続けられたことはない。よほどの話好きか変わり者だな、この部長吸血鬼。

 吸血鬼ってもっとクールなイメージだったんだが⋯⋯。

 想像の中の吸血鬼像がボロボロと崩れていく音がした。


「なあ室町さんどうにかしてくれよ、肝心の話が進んでないどころか始まってすらないぞ」


 ボリュームを抑えて訴える。

 幸い話に夢中のフィンセントさんは目の前で長話に辟易している俺たちには気にも留めていない。

 扉を開けた瞬間からフィンセントさんの怒涛の弾丸トークが始まったからオークの件は何一つ話せていない。呼び出した張本人であるにも関わらずだ。

 これじゃただおしゃべり吸血鬼のトークショーを聞きに来たみたいじゃないか。


「そうですね。これでは日が暮れてしまいます」


 室町さんは一歩前に出る。


「法律といえば人間界では子供と大人ではかなり大きな隔たりがあるようだが、魔界では明確な成人年齢というものがない。強いて言うならば魔族にとっての成人は300年。といってもこの年齢は人間のように子供と大人の境界線ではなく魔力の成熟時期が平均的に⋯⋯」

「お話の途中申し訳ございません。無線で報告させていただいた件についてよろしいでしょうか?」  

                            

 おお、流石司令部補佐官。ズバッと切ったな。

 ようやく現実に回帰したらしいフィンセントさんがぱちりと瞬きする。


「ん?ああそういえばそうだったね。オークがこの三階層に現れた件だったかな」


 話はようやく本題に入り、再度俺と室町さんで先ほど三階層で起った一件について説明を始めた。

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