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85 戦闘、開始

「おい、いくらなんでも強すぎないか?」

「多分、傀儡系の魔法と共に身体強化の魔法もかけられているのだと思います! 今のミノタウロスたちは、囚人たちを相手にしている時よりも数倍強いですよ!」


 テラは言い終わると同時に飛び上がり、前方に現れたミノタウロスに足蹴りをお見舞いする。

 

「補佐くん! なるべくワタシの後ろにいて下さい!」


 テラはピョンピョンと身軽に地面や壁を蹴り、宙をなだらかな放物線を描くように舞うと、ミノタウロスたちの肩に飛び乗り、そして細い足を回転させ二体を同時に攻撃する。

 す、凄い⋯⋯。

 身体能力はもちろんだが、それだけじゃない。

 とてもあの細い足から出ているとは思えないほどの威力だ。

 他の職員も同じだ。

 皆疲弊しているのに、諦めず戦っている。

 そんな姿を見て、まだ動ける自分が後方で見ているだけなんて、そんなことはできない。


「いや、俺も戦う!」

「ちょっと補佐くん!?」


 目の前にいるのは自分よりも何倍も大きなバケモノだ。

 オークに襲われた時も、ウッドと戦った時も、ここにいるバケモノは全部規格外のデカさだ。

 奴らにしてみれば俺なんて足で踏みつぶせる程度の脆弱な存在。

 剣を持っていたって魔法が使えなきゃ赤子を相手にしてるみたいなものだろう。

 でも、赤子だって足掻くことくらいはできる!


「覚悟しろよッ、ミノタウロス!」


 注意が俺に向いていない今がチャンス。

 まずは足の腱を切り動きを封じ、そしてトドメの一撃だ。

 頭の中で動きを思い描く、その通りにミノタウロスの背後に近づき、右足に剣を添える。

 気配を察知したミノタウロスが錯乱した目をこちらに向ける。

 大丈夫、怯むな! このまま続けろ!

 

「——ッ!!」


 腕に力を込め、腱を切りつける。

 少し浅いかと思ったが、切れ味の良い刃は三日月形にパックリと腱を切り、バランスを失ったミノタウロスは背中から倒れ込む。

 その巨体を素早く避け、俺は地面に着地すると同時に飛び乗り、そして心臓へ目がけ、青いつまみを最大に引き上げ、剣を突き刺した。

 

「——ッオオ゛オ゛オ゛!!」


 うめき声を上げ、しばらく暴れた後、ミノタウロスは遂に息絶えた。


「よしッ⋯⋯やったぞ⋯⋯!」


 玉のような額の汗を拭う。額だけじゃない。全身凄い汗だった。

 頭がふわふわと浮いてるみたいな気分になった。

 モンスターを一体倒すだけでこの労力⋯⋯。

 もっとスムーズに倒せるようになれば——とは思うが、それはこれからの俺の頑張り次第か。

 こうしてはいられないな。

 

 俺はミノタウロスの体から降りると、次の一体を倒すべく視線を巡らせる。

 ——そこで、俺は後方近くで身を縮こまらせている職員がいるのを見つけた。

 小柄な少女だった。軍事部ではない。後方へ避難する前にミノタウロスが現れ逃げ遅れてしまったのだろう。

 だが、それだけなら良かった。 

 放っておけなかったのは、その少女を標的と見定めた複数体のミノタウロスが少女に襲い掛かろうとしたからだ。

 ここからの位置では少し距離があった。

 それに、少女ににじり寄るのは一体だけじゃない。少なくとも三体はいる。

 三体同時に相手をするなんて、とてもじゃないが出来ない。

 俺が行っても助けられるかどうか⋯⋯。


 ——いや、迷うな! 

 自分の頬をパシンと張る。

 考えれば足がすくむ。

 今俺が動かないと、あの子はどうなる?


 迷いを押し込めて駆け出す。

 鋭い爪と棍棒が少女へ振り下ろされる。

 駄目だ、このままじゃ間に合わない!


「嫌⋯⋯ッ!」

 

 少女が庇う様に頭を抱え、恐怖を押し殺そうとして、そして——


「————??」


 投げつけた赤い鞘がミノタウロスの背中に当たった。

 思わぬ邪魔が入ったことで、ミノタウロスたちは動きを止め振り返る。

 眼下に立つ無防備な俺の姿をその瞳が捉えた瞬間、標的が少女から俺へと切り替わった。

 六個の目が獲物を狩る獣のものへと変わる。

 その変化に心臓が凍りそうになった。


「——お、おい! こっちだ!!」


 あああおいっ、何やってんだよ俺! 

 助けるとは言っても、いくら何でもこれはやり過ぎだろ!

 だが後悔してももう遅い。


 ミノタウロスは足の向きを変え、俺の方へと近づいてくる。 

 鞘がバキッと音を立ててその足に踏みつぶされた。

 ブルブルと震える手で何とか剣を構える。

 大丈夫、やれる。

 一体が三体に増えただけ、いいか!? ちょっと増えただけなんだ! 落ち着いて、練習通りにッ、さっきみたいにやればいい!


 襲い来る棍棒と斧、そして拳。

 一撃でもあの攻撃を浴びたらアウトだ。

 風を切り、俺の頭を砕こうと迫る棍棒を辛うじて避け、その一体の足元に入る。

 さっきと同じように、腱を切り動きを封じようとして、別の一体が拳で俺に殴りかかる。

 それをまた避けて——駄目だ! 逃げてばかりで一向に反撃できない。

 変に力が入って動きも硬くなってしまっている。

 

「ッハア、ハアッ——」


 捕食者の瞳から狂乱の光が失せることはない。

 ただひたすらに、獲物おれ目がけて攻撃を仕掛けてくる。

 このままじゃ死ぬ!


 チラと後方を見る。

 方々では今も職員たちがミノタウロスたちを相手に奮闘している。

 助けを求めようにも、それどころではない。

 俺の今の力じゃ一体相手するだけで精一杯だ。

 一端後ろに下がってこのミノタウロスたちを分散させたい。

 できればミノタウロスの注意を逸らしてその隙に逃げたいが⋯⋯。

 考えているうちにどんどんと壁に追い込まれていく。

 動きを止めたミノタウロスたちは、壁に追い詰められた俺に狙いを定める。


「ぐッ⋯⋯!」


 振り下ろされた拳を剣で受け止める。

 が、その威力を受け止めきれなかった剣が反動で折れてしまう。

 そして、その衝撃で俺は壁に叩きつけられた。

 視界の隅に火花が散る。

 打ち付けた背中が、肺が、腕が、足がジリジリと痛む。


「痛⋯⋯!」


 折れた剣の柄に手を伸ばし、壁をつたって立ち上がる。

 きっと、今が絶体絶命ってやつなのだろう。

 ミノタウロスは俺が動けないことなんてお構いなしだ。


 視界の端で動きが見えた。

 ただ無抵抗のまま死にたくはない。

 人間ながらも頑張ってきた証として、せめて精いっぱい抗ってからだ。

 ぼやけた視界、折れた剣ではもうまともに戦うことは敵わないだろう。

 第一、プルプルと腕と膝が笑ってしまって力が入らない。

 それでも、やるしかない。

 ——生きて、三階層に戻るために。


「りゃああああッ——!」


 残った全ての力を振り絞り、この一撃にかける。

 そして、ミノタウロスの斧が首元にかかり——


「遅れて堪忍⋯⋯なんて、言えるはずもあらへんな」


 死を予感した瞬間、届いたのは自嘲気味に笑う中性的な声だった。

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