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84 迷宮へ挑む者

 六区での戦闘はさらに激化していた。

 もはや戦場だ。

 負傷者は数分のうちに増え続け、職員たちは消耗していた。


「西条くん!」

「市追さんっ、軍事部の応援が来ました!」

「軍事部が? 良かった。木古瀬やフリックたちとは会えましたか?」


 市追さんが左右に首を振り二人の姿を探す。

 そういえば、二人は軍事部に応援を呼びに行ってくれてたんだよな。


「いえ、俺は道中では会いませんでした」


 軍事部の隊員の方にも聞いてみるが、その名前の職員はどちらも見かけていないらしい。


「すれ違ってしまったのかもしれませんね」


 市追さんは切り替えると、軍事部の隊員たちに現状を伝える。

 六区では戦闘状態が続いていること、エナの魔法の特性や被害数などを簡単に伝え終わると、市追さんは応急手当へ戻って行った。


「各班持ち場に着け! 完了次第攻撃態勢に移る」


 防弾スーツを着込んだ隊員たちの戦闘にいた男が指示を出すと、隊員たちは一斉に動き出す。

 ドラマとかでしか見たことないが、あの時見た特殊部隊の動きはまさにこんな感じだった。


「軍事部以外の職員は全員後ろに退け! ここからは我々が対処する!」


 指示を受け、前線で戦っていた職員たちも次々に後退する。


「軍事部だ! これで安心だ!」

「残念だったなヘカテー! これでお前は終わりだ!」


 凄い、軍事部の登場で空気が一気に変わった。

 応援にやってきたのは軍事部の総数を考えればほんの一部だ。 

 それでも彼らの信頼は厚い。

 この場を打開してくれるかもしれない。

 隊員の声で一斉に職員たちが退き始めたことで、最奥にいた彼女の姿がハッキリと見えた。


「エナ⋯⋯」


 この戦場の中心にいる少女は、初めに会った時と変わらない真っ白なワンピースに身を包み、そこから傷一つない真っ白な白い足が伸びていた。

 どこか不思議で神秘的にさえ感じる、美しい人形のような彼女。


 地面にまで届きそうな長い灰色の髪がエナの動きに合わせ揺れ、吸い込まれそうなほど深く、遠ターコイズの瞳がこちらを向いた気がした。

 


「迎撃準備——放て!!」


 思考を遮るように、隊長の合図で一斉攻撃が始まる。

 威力が最大強化された特別な弾丸、引き金を引くことで魔法陣からを魔法のビームを放つことのできる銃。

 どれも開発課による技術結晶、そして息の合った乱れのない動きは日々の訓練の賜物だ。

 攻撃の雨が標的——エナへと降り注ぐ。

 

 雨が止み、硝煙が薄れ、その中から一つの影が浮かび上がる。

 

「嘘だろッ、これだけの攻撃を受けてまだ立ち上がるなんて⋯⋯!」

「ひるむな! 攻撃を放ち続けろ!!」


 エナは恐らく死んでいないわけではない。

 確かにエナは何度も殺されている。

 だが、違うんだ。

 彼女は分身体、いくら殺しても全員を殺すまで戦いは終わらない。

 

「待って下さい! 彼女を倒すには⋯⋯!」


 そのことを伝えようとした時だった。

 エナがそっと人差し指を自分の唇に寄せた。 

 まるで金縛りにあったみたいだった。喉が詰まって、緊張で声が出せなくなる。

 

 目が合う。

 ターコイズの瞳は俺を見ていた。

 少女は近づく。裸足の足で、銃弾と血、刃物の池を踏み歩く。


「来るな! バケモノめ!」

「魔法小隊は魔法陣を展開しろ!」

「撃てッ! 撃てー!!」


 放たれたあらゆる魔法が浴びせかけられても、少女は止まることはなかった。

 銃声が止み、隊員たちが剣による攻撃を繰り出し始めても、何の躊躇いもなく少女は薙ぎ払っていく。


 早く伝えなければならない、早く、皆に。

 なのに動かない。

 何だよ、今更。

 さっきまでちゃんと動いてたじゃないか。

 

「テセウス、試練に挑みし若き英雄」


 囁くような、川のせせらぎのような凛とした声は、周囲に掻き消されることなく俺の耳に届いた。

 軍事部の攻撃など諸ともせず、少女はただ一点、俺だけを注視していた。


「さあ、どう立ち向かう。ここは迷宮の最奥。待ち受けるは幽閉されし怪物」


 動きが止まった、同時に激しい振動が襲う。

 グラグラと地面が揺れ出し、何処からか獣の咆哮が届いた。


「お、おい何だよこの声⋯⋯!」

「あ⋯⋯あれを見ろ!」


 誰かが叫んだ。

 震える指が示す先、薄まった硝煙の奥に見える無数の巨大な影。


「⋯⋯おいおいマジかよ!」

「な、何でここにこいつらが⋯⋯!」


 現れたのは、牛の頭をし、人間の胴体を持つ中型モンスター——ミノタウロスだ。

 その数は五十体余り、そのミノタウロスの群れがこちらへ進行している。


「ミノタウロスは四区を守る獄卒獣ですっ、なのに、どうしてっ」


 テラも困惑を示す。

 獄卒獣は本来定められた区域を警備する獄卒獣であり、その区域から出ることはまずない。

 とすれば考えられる理由は⋯⋯

 

「操られてるんだッ、早く止めないと、このまま突破されれば医療部、その先は雑居房だ」


 そうなれば、もう収拾は付かない。

 せっかく元気を取り戻していた患者まで被害に遭う。

 今ここで、何としてでも食い止めなければならない。


「各班防御を固めろ! 一体たりとも通すな!」


 魔法の障壁が発動される。

 咆哮を上げたミノタウロスたちは棍棒を振り上げ、自らの体を体当たりさせ障壁の破壊を試みる。

 数体ではびくともしない障壁も、これだけの数を相手ではそう長くは持たないだろう。

 時間を追うごとに負荷に耐え切れなくなった壁からミシミシと嫌な音が鳴り始める。


「このままでは持ちません!」


 端から亀裂が生じる。

 

「何とか持ちこたえろ! シールドが壊れ次第一斉攻撃を開始する!」

 

 亀裂が遂に中心まで届き、そして破壊された。

 ガラスのように透明な破片が宙を舞い、そして消滅する。 

 それを合図に、再び銃弾が飛び出し、着弾し、そして破裂する。

 しかし銃弾を受けたミノタウロスは再び立ち会がり、棍棒を振り上げ職員たちを襲い始める。

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