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83 頼もしい存在

「ディオ」


 炎上した少女はガクンと膝から崩れ落ちる。

 小さな唇から血を吐き、俺を見た。

 虚ろなターコイズの瞳が、最後に炎と俺を映すと、少女はそのまま倒れ息絶えた。


 同時に、俺もその場に座り込んだ。

 足に力が入らない。

 強張って震えている手を見る。


「俺が⋯⋯倒したんだ」


 喜ぶべきなのに素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 当たり前だよな。

 だって俺は普通の学生なんだ。

 普通の学生が、例え囚人であろうと、一人に命を奪ったことに変わりはない。

 まだ戦いは終わってない。

 エナも、トリアもまだ生きてるはずだ。

 二人を倒さないと、事件は終わらない。

 早く行かないと。

 だというのに足が動かなかった。

 もうこのままここで待っていようだなんて考えまで浮かんできた。

 皆を助けるんじゃなかったのか、エナに会って、確かめたいことがあるんだろ。


「西条君!」


 俺を呼ぶ声がした。

 遅れて、声の方を振り返ると、通路の奥から李岳さんが走ってくるのが見えた。

 後ろには大勢の職員を引き連れている。

 見たことのない職員がほとんどだったが、その中にテラもいた。

 

「応援を呼んできました! 大丈夫ですかっ、補佐くんっ」


 長い兎の耳がピョンと跳ねる。


「あ、あぁ大丈夫だ。それより、転移石の方にいる室町さんや六区で戦ってる職員たちの方に——」


 本当に馬鹿だった。

 漫画やラノベが好きなのなら、この先の展開くらい予想できたはずだった。

 相手に意思がないからと油断して舐めていたのは俺の方だ。

 

「西条君ッ!」


 李岳さんが大声で俺の名を呼ぶ。

 

「愚かな生贄どもよ」


 冷ややかな少女の声が背中に届く。


「——蝶祁ちょうぎ!」


 李岳さんの声で、青く美しい無数の蝶が羽ばたき、少女の体を纏おうとする。

 しかしその寸前で蝶は八つ裂きにされてしまう。

 ボロボロと崩れる蝶の羽は、中空で灰のように崩れ、消滅した。


「試練の時は既に訪れている。テセウスは迷宮の最奥へ辿り着き、ヘラクレスは苦難の道を行く、ペルセウスは真実を辿り、そしてアキレウスは闇から脱却する」


 少女は裸足の足で歩く。

 ディオはまだ生きていた。

 彼女が本物のヘカテーの分身体であるならば、一人を倒したところで意味はない。

 そして実際、彼女は自分たちが魂を分けた存在だと言った。

 もし漫画の世界の常識が現実にも当てはまるのだとしたら、いくら切ろうが銃弾を浴びせかけようが、彼女たちは再生する。


 クソッ——!

 そんなシーン、今まで死ぬほど見てきたじゃないか!

 確かにここは二次元の世界じゃなく現実だ。

 でも、もしかしたら現実でも起こり得るかもしれないってことくらい予測できたはずだ!


 呑気に倒そうなんて考えていた自分に憤る。


「西条君、しっかりしなさい!」


 怒りと焦りでパニックになっていた俺に李岳さんが喝を入れる。

 李岳さんを始め、背後の職員たちは既に戦闘態勢に入っていた。

 陣形を取り、銃を構え、盾を起動し正面のディオへ照準を定めていた。


「ここは私と軍事部の職員が預かる。君には一部の隊員たちと共に応援が来たことを六区の者たちに伝えて貰いたい。テラ、頼んだよ」

「ハイっ、分かりました!」


 テラは敬礼すると、隙を見て俺の方へ近づき手を取る。


「行きましょう、補佐くん!」

「え、いやでも李岳さんたちがっ」

「看守長たちは大丈夫です! 看守長は頭も良いだけじゃなくて強いんです。それにっ」


 テラはキラキラとした瞳で俺を見る。


「後ろには軍事部の隊員がいます。彼らは戦闘のプロです。七階層の囚人だって目じゃありません!」


 嬉々として言うテラに引っ張られ、走り出す。

 振り返ると、李岳さんが大きな青い蝶を生み出していた。

 背後には大勢の隊員たちがいる。


「⋯⋯そうだな」


 前を向く。

 ここにいるのは俺なんかよりも百倍も強い精鋭たちだ。

 ディオスガルグが危機的状態に陥った時出動することを使命とする戦闘のプロたち。

 心強い仲間だ。


「テラ、分身体は三人いるんだ」


 トリアと戦っている最中、突然ディオと入れ替わってしまった。

 恐らくテレポートを使ったのだろう。

 俺はそのことをテラに伝える。


「そちらは長官が追っています! 頼みの監視カメラが使えなくなってしまい、捜索は困難を極めますが、長官なら必ず見つけて、倒してくださいます!」

「長官⋯⋯って、マキノさんが!」


 分析班に尋ねに行くと言っていたから一階層を離れているかもと思っていたが、そうか、良かった。

 櫂のある草舟——マキノさんはそう言っていたが、きっと誰よりも一階層のことを考えている。

 早く事件を解決し、平和を取り戻そうという想いは俺よりもずっと強くあるはずだ。


 希望が見えてくる。

 封鎖され、他階層からの助けが来ないと知った時は絶望すら感じた。

 それでも、一階層にはこれだけの心強い味方がいる。

 必ず、ヘカテーたちを倒す。

 そして、全て解決して、ここで終わらせるんだ。

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